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2011年4月22日 (金)

「武田家滅亡」 伊東 潤

久しぶりの時代劇だ。よく書かれている武田家滅亡ものだ。
武田家をつぶした張本人として、よく言われない武田勝頼が話の中心になる。
伊東潤は初めて読んだ。内容説明は下記の通りだ。

信玄亡きあと屈指の大国を受け継いだ武田勝頼は、内憂外患を抱えていた。近隣諸国からの脅威に加え、財政逼迫や家臣との対立も勝頼の孤立を深めてゆく。こうした状況のもと、同盟国・北条家から嫁いだ桂姫は、勝頼の苦悩に触れて武田・北条両家の絆たらんとする。信玄をも上回る武人の才に恵まれながら悲劇の主人公となった勝頼の後半生を、歴史小説界に現れた破格の才能が活写する本格歴史長編。

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この本は最初から北条から攻略・政略結婚で来た桂姫から始まる。名前は残っていないようだが・・・・
最後まで勝頼についていって自害した!
北条に帰る事も出来たようだが、勝頼に殉じた。
姫の事はたいがい良く書かれている。人柄も良かったんだろうと思う!
勝頼は凡庸だったんだろうか?戦国物が好きなのでよく読むが、偉大な信玄のあとでは誰でも劣って見えるだろう。武田家の義・信の字を名前につけて貰えず、諏訪家の頼の字を与えられて。
新田二郎 「武田勝頼」。小説ではないが堺屋太一の2代目の苦労を描いた作品。
短編、滝口康彦(天目山に桜散る)。同情的に書かれている。これには長坂釣閑斎・跡部尾張守は最後まで付き添った事になっている。
海音寺潮五郎の武田勝頼で、三河物語で 「日本にかくれなき弓取なれど、運が尽きさせ給ひて、かくはならせ給ふものかな」 とあると書いているが、これが正当な評価だったのであろう!

架空戦記でよく出て来る、上杉三郎景勝・武田四郎勝頼と北条を盟主とする三者同盟が出来ていればどうなったか?想像は楽しいが、結果は信長に各個撃破されて変わらなかったのでは無いか!
あの時点で織田信長に対抗出来るのは無理だったのだろう・・・・・
上杉景勝も毛利輝元が生き残れたのは本能寺の変があったからと思う。
文庫本で600ページ以上あるが、一気に読ませる。著者の別の本も読んでみたい。
他はやはり北条とか関東の武将が多いみたいだ!

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