« 本・あの戦争は何だったのか③―大人のための歴史教科書・保阪 正康(2005年発行) | トップページ | 本・信長の親衛隊―戦国覇者の多彩な人材・谷口 克広 »

2012年3月28日 (水)

見る目のある人が見なければ分からない(織田信長)

最近は信長関係の本をよく読む。
司馬遼太郎の国盗物語のイメージが印象的に、残っている。
うつけと言われた織田信長を、父信秀は廃嫡しなかった。
敵、斉藤道三は信秀とは戦っているので力量を知っている。
その信秀が信長を廃嫡せずにいるのは能力があるのかと思ってしまう。
斎藤道三と、美濃国境近くの富田の正徳寺で対面した。初めて信長を道三は見た。
大だわけがどうか、その真偽を確めようとした。
結果は信長を認めた形になった。

20120327_nobunaga_2   

武田信玄も噂だけでなく、普段の信長の行動から判断しようとしたようだ。
噂はろくな物は無い。
実際に話を聞いても迷ったみたいだ!
信長と信玄が実際に会っていれば面白かったのにと思う。
『信長公記』 が伝えるそうだが、信秀の葬儀は国中の僧や、諸国から尾張に来ていた僧ら3百人を集めるという盛大なものだった。
信長は長つかの刀と脇差を三五(みご)縄という稲穂の芯でなった縄で巻き、髪は茶筅に巻きたて、袴もはかずという格好で、仏前へ出て、抹香をわしづかみにして投げた。
「例の大うつけであるよ」と言われた
が、ただ一人筑紫から来た客僧は、「あれこそ国は持つ人よ」 と、絶賛した様だ。
平時では成績が、序列が優先される。が非常時はどうなのか?
アメリカは第一次世界大戦でハンモッグ番号がいかに当てにならない事を実感した。
要は、見る目のある人が見なければ、評価なんて当てにならない。
そう思うと武田信玄は偉いと思うが・・・・・・

« 本・あの戦争は何だったのか③―大人のための歴史教科書・保阪 正康(2005年発行) | トップページ | 本・信長の親衛隊―戦国覇者の多彩な人材・谷口 克広 »

戦国武将(武将)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 見る目のある人が見なければ分からない(織田信長):

« 本・あの戦争は何だったのか③―大人のための歴史教科書・保阪 正康(2005年発行) | トップページ | 本・信長の親衛隊―戦国覇者の多彩な人材・谷口 克広 »

2019年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
フォト
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

カテゴリー

無料ブログはココログ