« 遠藤 直経(通称は喜右衛門尉)・ (軍師・参謀・忠臣) | トップページ | 本・信長と消えた家臣たち―失脚・粛清・謀反・谷口 克広 »

2012年3月21日 (水)

本・信長軍の司令官―部将たちの出世競争・谷口 克広

武田・上杉・本願寺・毛利などの強敵と領土を接した織田信長は、一万を超える大軍団を柴田勝家・明智光秀・羽柴秀吉・滝川一益らに預け、四方の平定に当たらせた。
この「方面軍」司令官こそ、信長麾下の武将たちにとって究極の地位であった。尾張一国から畿内平定、天下統一へと驀進する信長軍にあって、彼らはどのように出世を遂げたのか。
時代を追い、並み居る名将たちの顔ぶれと与えられた権限、具体的な活躍をたどる。

20120321_book1

信長軍の司令官が記述されている。
①尾張統一から美濃へ。
②伊勢平定。
③」上洛後の京都。
④近江の支配
⑤将軍追放と畿内の直接支配。
⑥方面軍の設立。
⑦西部方面作戦。
⑧方面軍の再編成。(重臣の追放)
⑨信忠軍と五方面軍の作戦。

次に読む本、消えた家臣と関わる。
最初に折檻状が出て来る。重臣、佐久間信盛の追放だ。
このくだりは面白い!
丹羽長秀がの実像が記述されている。
No2とは言えそれほど重要視されていなかったようだ!
最初の尾張統一、美濃、伊勢の平定まではそれ程の大軍団では無かったようだ!
戦死した司令官も多い。
沢山の武将の名前が出て来る。知らない名前も多い。
西に東に北にと戦線が広がるにつれて大軍団になった。

①北国軍団―柴田勝家
②四国軍団―織田信孝・丹羽長秀
③中国軍団―羽柴秀吉
④関東軍団―滝川一益
⑤畿内軍団―明智光秀
信忠は」直属軍なのか?
それに遊軍がある。
追放される前の佐久間信盛。反逆する前の荒木村重も方面軍の司令官。
表がある。
それぞれの軍団にどの武将がついていかが良く分かる。
最終的に明智光秀は何処へ行かされる予定だったんだろう?
山陰方面か?九州か?
一気に読めた本だ!

12

谷口克広

12

12

« 遠藤 直経(通称は喜右衛門尉)・ (軍師・参謀・忠臣) | トップページ | 本・信長と消えた家臣たち―失脚・粛清・謀反・谷口 克広 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

戦国武将(武将)」カテゴリの記事

 明智光秀 (明智・細川)」カテゴリの記事

 織田信長 (織田関連)」カテゴリの記事

 豊臣秀吉 (秀吉関連)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 本・信長軍の司令官―部将たちの出世競争・谷口 克広:

« 遠藤 直経(通称は喜右衛門尉)・ (軍師・参謀・忠臣) | トップページ | 本・信長と消えた家臣たち―失脚・粛清・謀反・谷口 克広 »

2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
フォト
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

カテゴリー

無料ブログはココログ