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2012年4月11日 (水)

本・戦国15大合戦の真相―武将たちはどう戦ったか・鈴木 眞哉

群雄割拠、武将たちが戦いに明け暮れた戦国時代、さまざまな合戦のドラマがそこに生まれ、今日に伝えられてきた。しかし、 「思い込み」と「思い入れ」による「俗説」が一人歩きをし、それぞれの合戦の真相は意外と伝わっていない。
信長が今川義元を討ち取った桶狭間から、鉄砲で有名な長篠合戦、謙信・信玄両雄激突の川中島、
天下分け目の関ヶ原や大坂の陣等々、戦国15大合戦の真実の姿を明らかにし、「天下人」中心の歴史観を打ち破る痛快な真説。

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著者の持論が展開されている。
桶狭間・川中島・三方原・長篠・織田水軍の鉄船・明智光秀・小牧長久手・関ヶ原と、他が記述されている。
川中島、信玄と謙信の一騎打ち。ロマンは残るがやはり無かったんだろう!

後世の歴史を知っている現在から見れば、なんとでも言える!
御用学者のねつ造と言う意見は同感である。
家康にしても勝ち残ったから神君と言われる!
明智光秀と同じく負ければ何を言われていたか!源氏を詐称したとも言われるだろう!

疑問に思い調査するのは大変と思う。
文献を調べ、年代等間違いがないか調べる。
しかし著者に怒られるかも分からないが、疑問に対する答えを探し出しているような気がしないでも無い!

武田騎馬軍団。これは山本七平の武田信玄を読んだ後だけに、そう思う!
山本七平は実際に兵役に行き、馬で補給していたので馬の事はそれなりに分かっている。
そう言う人が言うのなら信頼できる。
著者はそれほど、藤本正行ほど他の著者を批判はしていない!(本心は分からないが)

明智光秀。やはりそれなりの武将だったんだろう!
二郎の大好きな陰謀説は、やはり無かったんだろうと、今では思う!
これも運が無かったんだろう!
秀吉の信じられない運の強さに寄る。

関ヶ原。徳川家康は勝つべくして勝ち、石田三成は負けるべくして負けた!
それは結果論で、家康も焦っていたと言われる。
司馬遼太郎、「関ヶ原」では、本多正信に言う、「そこが博打だ!博打を打たずして天下が取れるか!」
又、序盤でどちらかと言えば、西軍に押され気味で、小早川秀秋がどう動くか分からない時、仲介をした黒田長政に詰問した話もあった。
やはり焦っていたんだろう!
隆慶一郎、「影武者徳川家康」でも、終わってみれば先を読んだ家康の完璧な勝利!とかの記述があった。
実際は薄氷の勝利の様に書かれていた。
あまり家康の事を誉めすぎても仕方がないとは思う!
石田三成も打つ手は打っている。
著者の別の本では、宇喜多秀家が精鋭では無かったのではないかとの、指摘があったこの宇喜多家のお家騒動を利用して宇喜多家の戦力を抜いた様に、さまざまな手をうったのは事実と思う。
石田三成が人の心まで読めなかったのは事実のようだ。
家康は人心をつかむ為に手紙を書いていたようだ!その数からして違う!

著者の本はまだまだある。アマゾンで検索して1円の本を探した。
セコイ!送料が250円!合計251円!ブックオフに行けないので買ってしまった!

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鈴木眞哉

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