« 本・織田信長合戦全録―桶狭間から本能寺まで・谷口 克広 | トップページ | 亀井静香・座右の銘:至誠一貫 »

2012年4月 4日 (水)

直江兼続 戦国史上最強のナンバー2・外川 淳

豊臣秀吉の死後、天下統一を狙う徳川家康に対し、「直江状」をもって主君上杉景勝とともに抵抗するも、関ヶ原の戦いに敗戦。会津百二十万石から米沢三十万石に減封されるという未曾有の危機にさいし、「上杉」というお家存続のため兼続が打ち出した経済政策とは?米沢藩発展の礎を築きながら、自身の死後、直江家断絶の道を選んだ男の生きざまに迫る。

20120403_boo2

直江兼続は書きがいのある武将なのか?いくらでもありそうな本である!
たまたまブックオフで見つけた!105円だ!
最近 「関東戦国史と御館の乱」 を読んだ。それから気になっていた武将、北城高広を調べた。
ますます甲斐・越後が気になった。と言う時に直江兼続を見つけた!
内容は目新しいものではない。
実際の姿、実像はどうなんだろう!
関ヶ原の時、最上領に侵攻した。
山形城前の、長谷堂城を落とせていない!
無駄に兵を失いたくなかったんだろうが、手間取り過ぎだった!
指揮官としての能力はどうなのかと言う声もある。
関ヶ原敗北により、最上領からの撤退の指揮は誉められている!
実際に戦った戦いは、あまり伝わっていないようだ!
直江家へ養子に行ったが、奥さんの力が大きく、家中をまとめたようだ!
越後から会津への転封の指示は、詳細に書かれていたようだ!
行政家としては超一流の様だ!
やはり、密謀、関ヶ原でイメージが決められていると思う。
潔い生き方だったんだろうと思う!

« 本・織田信長合戦全録―桶狭間から本能寺まで・谷口 克広 | トップページ | 亀井静香・座右の銘:至誠一貫 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

戦国武将(武将)」カテゴリの記事

 上杉氏(越後・謙信他)」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 直江兼続 戦国史上最強のナンバー2・外川 淳:

« 本・織田信長合戦全録―桶狭間から本能寺まで・谷口 克広 | トップページ | 亀井静香・座右の銘:至誠一貫 »

2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
フォト
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

カテゴリー

無料ブログはココログ