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2012年5月15日 (火)

本・歴史から何を学ぶべきか―教養としての「日本史」の読み方③・仮説を楽しむ・小和田哲男

歴史のifを記述している。
些細な事だが面白い。
ポルトガル人は種子島に漂流した!
もし屋久島に漂流していればどうなったか?
鉄砲は屋久島と言われるようになったのか?
種子島は海岸が砂鉄でおおわれ、鍛冶氏も多くいた。
屋久島は砂鉄も無く鍛冶氏もいない!だから鉄砲に興味は持たなかったのではないか!
面白いifとは思うが、どこかで日本に入り、同じ様な結果になっていたのではないか?
その場合は、屋久島でも無くどんな名前だったんだろう!
関ヶ原、今川義元、武田信玄のifがある。これはあまり興味が無い。
著者は以前から記述していたと思うが、本願寺王国?の可能性はあり得たと思っているようだ!
が百姓が以前と変わらないと思えば持たない話だ!
実際に加賀では変わらなかったようだ!
大好きな、佐藤大輔 「信長信記」 
これには本能寺の変を生き残った信長は海外に出て行くとある。
誰しも、著者も同じ様に考えているようだ!
仮説を楽しむ事で歴史を深く洞察できるようになる。
思いもかけない名前が出て来た。
肥後加藤清正家臣、森本義太夫と飯田覚兵衛の二人だ!
これも知ったのは司馬遼太郎の短編でだ!
清正の幼馴染で家臣となった。このあたりは司馬遼太郎により知っていた。
清正は築城・治水等土木工事を得意とした!
今でも肥後では慕われている。

著者言う、このようなテクノラートがいあたからそう言われる!
この二人は戦いにも強い!
このふ二人のおかげで築城の名手と言われていると記述されている。
別に清正が名手でもなかったのか?
確かに清正は鉄砲の名手を抱えて、別に家臣に射撃を教えさせたわけではない。
単にこのような名手が家臣にいることで、加藤家は射撃が上手いと思わせたようだ!
こう言う話から思う事がある。
同じく築城の名手と言われる、藤堂高虎だ!
清正と同じ様に専門家を抱えていたのか?
著者は、早雲が備中の出身と決定していた。と先に記述した。
その経過がこの本に載っていた。
読む順番を間違ったのか!

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早雲の出生には何案かある。
確か伊勢の浪人と、子どもの頃には教えられた!
①山城宇治説
②大和在原説
③伊勢素浪人説
④京都伊勢氏説
⑤備中伊勢氏説

この中から備中伊勢氏説に落ち着くのは、下手な推理小説を読むより面白い!
著者も参戦したようだ!
手紙・文書が重要になる。
しかし調べる方もよく調べると思う!メチャメチャ根気がいる!
次々否定されて、最後に備中伊勢氏が残った。
がこれも確定するには問題が出て来た。
そこから京都伊勢氏が本命になった。
しかし京都伊勢氏と備中伊勢氏が同一人物と分かったようだ!
これには著者が論証したようだ。
そんなに自慢していない!誰かとは大違いと思う!
先日備中で決定かと、勝手に思ったが、論証されていた!
すいませんでした!

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