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2012年6月23日 (土)

直江兼続・矢田 俊文 (編集)  

上杉謙信の養子上杉景勝とその近臣直江兼続が生きた時代を、時間の流れに従って記述。織田信長と戦い、豊臣政権下で五大老として政権中枢となり、最後は徳川家康と対立した上杉景勝と直江兼続の全生涯を時間とともに理解できるようになっている。また景勝と兼続は、越後・会津・米沢へと本拠地を移したので、時間の流れとともにそれぞれの地域の歴史像を追うこともできる。さらに、時間の流れに従いつつも、直江兼続を理解するためにははずせない重要なことがらについては、別に項目を立てて検討している。


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直江兼続で推薦にいただいた本。真面目すぎる本である。
著者自身大学教授で、他の執筆者も似たようなものだ。
執筆者が調べた事実から記述している。
よくあれだけの文書・手紙などを調べたと感心する。
仕事とはいえ好きでないと出来ないのではないか・
新しい資料が出てきても、きっちり調べなければならない。
資料は、まことに申し訳ないが、達筆過ぎて読めない・・・・・・
ちょっと情けないです!
下記の章があり、それどれ専門?の執筆者が記述している。
①上杉謙信・景勝と直江家
②直江兼続と一族・家中
③直江兼続と関ヶ原合戦。
④兼続と「直江状」
⑤江戸時代と直江兼続
⑥米沢城と城下町
⑦『文鑑』と『軍法』
⑧直江後室おせんと米沢藩

真面目と言うのは、エピソードなんかはほとんど出てこない。
真偽のほどが分からないからかと思う。
直江一族、特におせんの父、景綱と養子信綱の事が詳しく記述されていた。
与板のことも良く分かる。これは今まで気にしなかったので良く分かった。
記録に残されている資料を根気よく調べている。
しかし礼状と言うか、手紙が良く残っていると思う。
これにより推測されることも多いようだ。
会津への国替えの指令や、大名間の外交儀礼の文章など残っている。
文筆家と言うか、書く専門の人間もいると思うがどうなんだろう。
そう言えば関ヶ原の合戦の折り、家康が出した手紙も相当あったようだ。
残している人は偉いと思うが・・・・・・・

直江状は、真偽の説は色々あるが、素人には本当の事は分からない。
が、その場の空気が有る。個人的偏見だが真と信じたい。
関ヶ原の合戦も事実に基づいている事しか記述していない。当たり前か!
流れは大変よく分かる。
面白みは無いと言えば叱られそう!
が、事実関係は良く分かった。
東の関ヶ原、佐竹、伊達、堀、最上の状況がちゃんと分かったと思う。

だいたいが、家康小山着陣時の夜襲の献策とか、三成挙兵時の家康撤退時の兼続の徳川追撃の進言とか、西軍は敗退時の後、江戸城攻撃案とか、そんな事を期待している方だ!

関ヶ原以後の苦労が良く分かる。米沢30万石での苦労。
徳川との修復。本多正信との関係。
事実は良く分かる。
漢詩・募集した漢籍が多く残っていて、戦国武将としては稀有の 「文人直江兼続」 像がある。
この章なんかは今の政治家が読めばいいのにと思ってしまう。
凄い武将だと改めて感心した。

エピソードはたくさんあるので、そのイメージが強すぎると思う。そういう話を小説家は面白く書く。
がこう言うのも読むと、やはり面白い。
推薦者に感謝です!

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