« 源氏の流儀―源義朝伝・高橋 直樹  | トップページ | 8月12日、昼前後の喧騒(右翼の街宣車の行進) »

2012年8月12日 (日)

本・太平洋戦争、七つの謎 官僚と軍隊と日本人 (角川oneテーマ21) 保阪 正康

太平洋戦争の開戦を決めたのは誰か?
山本五十六はなぜ戦死したのか?近年発掘された新資料で七つの謎を解明する。

20120812_book1


著者の本はよく読む。
チョッと考えさせられる内容と思う。
「責任」 と言う言葉が重い!
7つの謎は下記の通りだ。
①誰が開戦を決めたのか?
②戦時下の国民は戦争をどう捉えていたのか?
③山本五十六はなぜ前線に行って死んだのか?
④なぜ人を武器にする戦略が生まれたのか?
⑤日本の軍事指導者たちの敗戦の理由
⑥誰が終戦を決めたのか?
⑦もし本土決戦が行われていたらどうなっていたのか?

はっきり著者は言う!
開戦を決めたのは、官僚だと!
責任と言う事は感じているのか?
特攻作戦。
もう先の長くない整備兵だった人が著者に言う。
言わざるを得なかったのか?
特攻隊員が失禁して失神状態になる。それを無理やり起こして出撃させる。
そんな例が沢山ある。
そういう作戦を行い、「俺も後から行く!」 と言って送り出した司令官。
著者はこの本ではTとしている。
富永恭次!
しかい涙の出て来るような話もある。特攻を指揮した司令官。
戦後送りだした部下の家を回り、焼香して自ら列車に飛び込んだ!
指揮しながらも辛かったんだろうと思う!
腹を切った大西瀧治郎。
自ら特攻した宇垣纏。
部下を連れて行った事に対しては問題があるようだが・・・・・・
終戦を知りつつも特攻に出した司令官。
死ねばそれですますのか?
著者言う! それでいいのではないか?
死ねばよいのかと言う人間に限って、責任を取らない!
死なずに残り、自己正当化するよりははるかにましでは!

読んでいて凄く嫌になったところがある。
陸軍大学校出身の大本営参謀と話をしていたそうだ。
いかに陸大卒の参謀が、太平洋戦争に貢献したかと語ったそうだ。
その後で、同期が50人いるが戦死したのは4人とあった。
高級参謀は本来戦死はあり得ない。
息子を死なせたくなかったなら、陸大、今なら防衛大学入学させればよい。
チョッと信じられない話だ!
硫黄島、栗林忠道。沖縄、牛島満のような軍人もいる。
ノモンハンで現地司令官に自殺を強要した参謀。
手柄は自分、ヘマは他人!
嫌になる。
無策な作戦で死ぬ兵の事をどう思っているのか?

W・チャーチル!
「後方の司令部にあって、暖衣飽食しながら作戦を練る参謀と、第一線で命を投げ出す兵士との間に大きな亀裂が生まれる。兵士たちにとっては悲惨で残酷な運命がまちうけている事になる。」
流石でよね!
今の自衛隊なんか実戦を経験していなので、実力は分からないとされている。
司令部の作戦指導能力も疑問視されている。
机上の作戦、畳水練と言うのか?

開戦してもあくまでドイツ頼り。
終戦のビジョンも無い。
無いくせに世界をドイツと二分して占領する事を考える。
南米まで支配下に置く計画は笑える。
信じられない。
いかにABCDに包囲され、自衛戦争と思ったにせよ、戦争に訴える限り収める方法を考えなければならない。
なにも無かったようだ!
このあたりは今となんら状態は変わらないのではないか?

開戦と終戦の天皇の役割というか、どう考えていたか良く解説している。分かり易かった。
本土決戦、竹やりでアメリカの精鋭に立ち向かう。
日本軍部は、終戦時高級参謀は皆死刑か禁固刑にすればよかったのではないか?
有名な牟田口 廉也なんか死刑でも良かったのではないかと思ってしまう!
著者の本を読めば自己嫌悪におちいりそうになる!

12

保阪正康

12

« 源氏の流儀―源義朝伝・高橋 直樹  | トップページ | 8月12日、昼前後の喧騒(右翼の街宣車の行進) »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

山本五十六」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« 源氏の流儀―源義朝伝・高橋 直樹  | トップページ | 8月12日、昼前後の喧騒(右翼の街宣車の行進) »

2019年9月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
フォト
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

カテゴリー

無料ブログはココログ