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2013年11月25日 (月)

司馬遼太郎 歴史のなかの邂逅〈3〉徳川家康~高田屋嘉兵衛

二十万前後の軍勢が東西に分かれて雌雄を決し、その後数百年にわたって影響を与えた関ヶ原の戦いは、日本人ひとりひとりの運命を変えた―徳川家康、石田三成ら諸大名の生き様や、徳川時代に爆発的な繁栄をみせた江戸の人間模様など、歴史のなかの群像を論じた人物エッセイ二十七篇を収録。 

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家康が中心である。
最後に高田屋嘉兵衛がある。
家康の能力がある。 信長は前衛芸術家で、秀吉は政治家である。 家康は高級官僚と言う!
植物は群落する。同じ植物が同じ場所で繁殖する。
人もそう言うところがある。 東海地方で、信長・秀吉・家康が生まれた。
家康は権謀術数が好きでも得意でもない。
そう言うのが得意なのが、本多正信なのか?
そういう方面では、毛利元就、武田信玄がはるかに上と言う!
その家康がタヌキ親父になった!
著者は同情されてもよいと言う!
自分の代で豊臣家を何とかしなければならない!
焦りがあったのか? 
家康は浄土宗と言う! 上手く利用したのか?
三河武士と言えば、本多平八郎忠勝! 桑名に槍を立てた像があった。
昔見に行ったが・・・・・ 
関ヶ原私観。 ワーテルローでも向うの案内人が関ヶ原を知っているようだ。
有名な戦いなんだろう・・・・・・
このエッセイではそんなに記述されていない。
書きつくしているのか?
近江彦根に、公害問題で不当に差別されている部落があると言う。
部落の長老が、石田三成が生きていたら・・・・・・
と言ったようだ。
領国経営は優れていたと言う。
そんな言い伝えもあるのだろう。嬉しい話だ!
吉川広家がいる。関ヶ原の時に毛利を救ったと言う。
幕末同じく毛利家を救ったと言うが、どちらも本家にはよく思われなかったようだ!   
「近江泥棒に伊勢乞食」
日銭をつみかさねていく意味と言う。
河村瑞賢!江戸へ出て肉体労働で働くが、
見切って伊勢に帰ろうとする。が、老人に「一度餓死するつもりで江戸に戻り、眼をひらいて町を見なおしなされ」
江戸に帰れば、海辺に茄子・瓜が捨てられているのを見た。
残飯を仕入れて漬けもにして売る。
元手はタダだ!
「福神漬け」の元だ!
江戸の火事の時、有り金を持って木曽に行き木を買う!
後は言い値で売れる。日本史上最大の土木家という!
初めは瓜や茄子を拾う事から始まっている!
面白い話だ! 
白石と松陰。学問のすすめ!
両者の偉大さが記述されている。
読んでいても面白い! 
柳沢淇園、蕪村、安藤昌益、山片蟠桃等が記述されいる。
特に山片蟠桃は、播州だ。住んでいただけに興味が出た。
大阪で奉公して、主家が傾いたが、幼い主を盛り立てて、仙台藩と信頼関係を結ぶ。
仙台藩の財政を立て直した。仙台藩も一藩の家老のように接した。
著者言う。本来は思想家でありながら実務家になった!
こういう話は好きだ。もっとあるだろう!
最後は「菜の花の沖」のあとがきが続く。
ここで、灘の話がある。酒の原料は、米と水である。
米は何処も同じ米を使っている。何故、灘の酒がうまいのか?水しか考えれない。
これを調べた酒酒造屋がいる。
水質が特殊であると言う。これを、『宮水』 と言う。面白い事がある。
神戸のコーヒー屋で宮水を使っているので美味い!と言って自慢していた人がいる。
本当に味が分かっていたのかと思うが・・・・・・
どうも酒にしか合わないようだ!沸かすと変な味がすると言う!
そう言う話がまとめてある!
   

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