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2013年12月 2日 (月)

信長の家臣団「天下布武」を支えた武将34人の記録・樋口 晴彦

戦国時代にとどまらず、日本史上における稀有の英雄・織田信長。文字通り弱肉強食の熾烈な競争を生き抜き、勝ち抜いていった信長の「業績」を支えたのは、彼一人の資質だけではなく、その組織、何より家臣の力によるところが大きかった。本書では、膨大な資料を詳細かつ多面的に分析し、羽柴秀吉、明智光秀、菅谷長頼や簗田出羽守など、織田家臣団精鋭34人の足跡を追っていく。従来の史観の枠にとどまらず、著者独自の視点を盛り込んで綴った、歴史ファン注目の書。

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信長の家臣団と言う本は読んでいる。
皆それぞれ特徴がある。
著者は、歴史的事実と思われている事についても、独特の考えを記述している。
押しつけがましくなく・・・・・・
それはそれで面白い。
①信長の親衛隊
②歴史を彩った男たち
③反逆者の肖像
④悲運の将星
⑤異色の群像
梁田出羽守。
桶狭間で活躍したが、以降はどうなのか?

前田利家。
それ程の武功はあったのか?
末森城での佐々成政との争いに勝った?????
このポイントを守り通したのではないか?
言われてみると一軍の将としての活躍は無かったようだ。
しょせん二番手なのか?

堀秀政。
早すぎる死。もう少し長生きしていれどうだったのか?
惜しまれて亡くなったのが花か・・・・・

蒲生氏郷の父、賢秀!
律義な性格か?単なる小心者か?
著者の解説通り、今一の武将に感じる。

平手政秀。信長の父信秀の腹心。金庫番と言う。
信長を諌める為に腹を切る。
美談として伝えられるが、どうなのか?
著者言うように、信長にとっては煙たい、最大の抵抗勢力だったようだ。
最後の意地だったのか?

信長は執念深いのか?
佐久間信盛を追放した。
この本ではないが、信長に面と向かって 「そうは言っても、私たちほどの家臣はなかなか持てないものです。」
よく言ったと思うが、信長をなめているとしか思えないが・・・・・・
荒木村重も信長の命令を断っている。
恨みに思わない訳がないと思うが・・・・・・
いずれ滅びる運命だったんだろう・・・・

森一族。
本能寺で亡くなった、森乱丸。
この一族は信長に忠誠を尽くした。
信長も応えている。何も冷酷非情な扱いばかりではない。
森長可は小牧長久手の合戦で戦死した。
乱丸、坊丸、力丸と弟は本能寺で戦死した。

この長久手の作戦も、秀吉が承認したのではないか?
著者はことさら秀吉のへまを糊塗する為に秀次が悪者になっていると!
例えば、浅井長政が信長を裏切ったが、これは突然ではなく、情報は流れていた。
信長はさっさと撤退した。その時にしんがりを務めたのは木下藤吉郎!
凄い撤退戦と言われているが、実際はたいした戦いではなかった?
著者言う、歴史は勝者がねつ造する?

塙直政。文武両道と言う。
才人である。が若くして戦死した。
本願寺との戦いでの戦死が信長は気に入らなかったようだ!
無理せず、撤退して再起を図ることが重要だと!
本人だけでなく、塙一族を追放し部下を罪人として捕縛したようだ。
高級幹部でありながらその自覚に欠けると言う事のようだ。
能力のある上司に仕えるのは辛い・・・・・・

そう言う話が記述されている。
おもしろかったです。

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