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2014年2月10日 (月)

軍師の門・火坂 雅志

戦国乱世、豊臣秀吉の頭脳として、のちに「二兵衛」と称される二人の名軍師がいた。野望を内に秘め、おのが才知で天下に名を残そうとする竹中半兵衛。
小寺家の行く末を織田信長に託す決意をし、軍師としての生き様を模索する小寺(黒田)官兵衛。毛利攻略を機に秀吉の下へ集い、いつしか「義」という絆で結ばれていく二人。
しかし三木城攻めの渦中、謀反の荒木村重を説得に赴いた官兵衛は、有岡城地下牢に幽閉されてしまう。 

20140210_book1

最初読みだして、工夫していると感じた。
親父が好きだった作家、山本周五郎!
名作『さぶ』
サブを描くのに、栄二を描く。その対比でサブを印象付けると言う事は教えて貰っていた。
単純なのか?
英二の事の方が印象に残っている。
若い頃の話である。
人間、年をとると変わる・・・・・・
今になってなんとなくその意図が分かる?????

ともあれ最初は、竹中半兵衛の稲葉山城乗っ取りから始まる。
黒田官兵衛と言えばどうしても竹中半兵衛と一緒に登場する。
軍師列伝では必ず出て来る。
どちらかと言えば官兵衛の方が脂ぎっている。
欲がある・・・・・
半兵衛も野望がある。が病気を実感しているので達観している。
官兵衛の若い頃とか、主家小寺家との関係はさらりと流している。
秀吉との出会いがあり、秀吉と共に出世する。
『狡兎死して走狗烹らる』
そう言う観点で描かれている。
良く分かる。
官兵衛自身、それを実感して欲張らなかったという。
功績の割には少禄に甘んじた。
殺されるよりましと言う事だろう・・・・

師でもあり友でもある竹中半兵衛。
秀吉よりの官兵衛の手紙を破る。将来子孫がこれを見て尊大になるのを恐れたと言う。
本能寺の変の後の対毛利戦!
柴田勝家との対決。
この辺りまでは官兵衛は頼りにされる。
以降は官僚の時代になる。石田三成・・・・・・・

出て来ない話。疑問な話!
秀秋を毛利家の養子として送り込もうとしたが、小早川隆景が自分の養子にして毛利本家を守る。
光秀の謀判をほのめかす密書が、上杉と毛利に届けられる。
これは小説とは言え信じれない!!!!!
あり得ない話ではないか・・・・・・
京都から越中魚津に、備中高松まで京都から何日かかるのか?
誰が運ぶのか?忍びの者か?
謀判の決意を家臣に打ち明けたのも前日ではないのか?
いったん口に出した以上絶対に漏れる!
やるしかない!
この密書も毛利は安国寺恵瓊が握り潰す。
官兵衛と軍師、参謀同士で話をつける。
著者の思いが入り過ぎている感じがしないでもない。

最後の関ヶ原。
ここと言う時には勝負した。
無駄な金を使わずにここと言う時に勝負した。
息子長政が策士を気どった。
有名な、家康に手をとって感謝された時、左手は何をしていたのか?
歴史のIFだが、一日で関ヶ原が終わらなければどうなっていたのか?
特に半兵衛との絡みが面白かったです!

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