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2014年3月19日 (水)

戦国軍師の知略・中江克己

直江兼続、山本勘助、竹中半兵衛…。名軍師たちは、戦国武将にとって懐刀であり、知恵袋であり、戦場での諸行事を取り仕切り、兵の士気を高める役割を担っていた。勝利を得るまでの軍師たちの知略や策謀に、さまざまなヒントをさぐる。

20140319_book1

数が多過ぎる感じがする。34人の紹介みたいなものだ。
一人5~6ページしかない。
さわりの人物紹介である。
軍師を著者が分けている。
呪術者的な軍師と、参謀的な軍師に分類している。

最後が、大好きな藤堂高虎だ。
珍しいと思う。高虎が軍師の本に登場するのは・・・・・・
最初に藤堂高虎から読んだ。
ちょっと誉め過ぎ!
主君をたびたび変えたのは理由があり批判されるべきものではない。
が、関ヶ原の合戦時、福島正則ら豊臣方の大名を寝返らせ、小早川秀秋を裏切らせたのも高虎と言う。
知っている限り、黒田長政が動いていたと思っている。
高虎も動いていた一人とは思うが、全面的に高虎の手柄にしている感じがした。
そう言う風に記述している。
ちょっと割り引いて読まなければならないと思った・・・・・・

軍師と言う題名が良くない。
戦国武将の、何々と記述した方が良かったと思う。
34人も紹介しているから珍しい武将もいる。
白井入道浄三、上杉謙信と戦い、城を守った。城兵の士気を高めたようだが・・・・・
内藤如安、小西行長の家臣。関ヶ原の合戦で加藤清正と戦い、戦後清正が召し抱えようとしたが断る。
角隅石宗、大友宗麟の島津侵攻を日と方角が悪いと言って止めようとしたが、日向耳川で大敗!
戦死したと言う。しかし軍配者として名前はよく出て来る。それなりに大友宗麟を見て、負けると判断して止めたのではないか?
これは私メの考えですが・・・・・・

川田義朗、島津家の軍師、軍配者か? 角隅石宗とは違い、日向耳川の勝利を導いた。
天地の気と自分の気を一体化する能力がある。呪術的な能力がある。
駒井高白斎、 信玄の側近である。「鍬立て」築城の着工式で吉日を選び、占いによって方位や刻限をきめて執行する。天候を予測する。軍配者になるのだろう
小和田哲男の「軍師・参謀」を読んでいるので、この辺りの軍配者と言う事はよく分かる。

片倉小十郎、高坂昌信、板垣信方、武田典厩、嶋左近、山中鹿介、真田信繫、鍋島直茂、大谷吉継、小早川隆景、石川数正、酒井忠次なんかは、軍師になるのか?
ちょっと違う感じがする。
鍋島直茂も竜造寺家を結局乗っ取った。
悪を感じさせる。戦国時代である。
力ある者が、頂点になる。
はっきり、乗っ取ったと記述してよいのではないか?
どうもよく書きすぎと思う!
当然直江兼続も最初に登場する。高虎は最後だが・・・・・・
兼続も軍師と言うより、執政と言う言葉が合っている感じがするが・・・・・・・
石田三成も官房長官なのか?軍師ではないと思うが・・・・・・

この項目を読むために買った本だ。黒田官兵衛!
これもよく書かれ過ぎている。
まるで秀吉ではなく、官兵衛の手柄のようだ。官兵衛の献策により秀吉の業績はなった。例えば備中高松城の水攻め!

最後の徳川家康の軍師達。
本多正信、天海、崇伝は面白かった。
但し謀臣と言う意味でだが・・・・・
軍師物と思って読むには無理がありそう・・・・・・・
戦国武将物として読んだ方がよさそう・・・・・・

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