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2014年5月26日 (月)

但馬 竹田城① いにしえの城は静かだった・・・・・・

毛利と織田の国境になる。
なので取ったり取られたりする。
織田の羽柴秀長が攻める。目的は毛利軍に帰服している但馬諸将の制圧。
もう一つは生野銀山の確保。竹田城は生野銀山を管轄している。
最終的には関ヶ原の合戦後、廃城になる。

日本三大山城(美濃岩村城・大和高取城・備中松山城)がある。
竹田城は廃城となってなければ四大山城だったかも知れないと言う。
20年前に一度来ている。
20年経てば変わる物なのか?
20年前は車で上まで上がれた。
のどかなものだった。
家族連れが弁当を持って来ていて楽しそうに食べていた。
奥さんが石垣にもたれて休憩していた。

今回はビックリ仰天である!
観光バスが連なって来てている。
山城の郷が第一駐車場であり、観光バスがびっくりするぐらい出ている。
地道な宣伝の結果なのか?

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竹田城は虎が臥せているように見えることから「虎臥城(とらふすじょう・こがじょう)」とも呼ばれている。
秋から冬にかけてのよく晴れた早朝に朝霧が発生することがあり、雲海に包まれた姿や竹田城から見下ろす風景は、まさに天空に浮かぶ城を思わせ、いつの間にか「天空の城」・「日本のマチュピチュ」とも呼ばれるようになったと言う。

平成24年に竹田城跡が「恋人の聖地」として認定を受けた。

東京からヒッチハイクで、学生時代の記念この竹田城へ行こうとしてたアベックがいたが、何故竹田城だったのか?
そういう事でこの但馬竹田城へ行こうと思ったのではないのかと思った!
そう言えば若いアベックも沢山いた。

簡単な資料の展示がある。写真関係が主である。
ここに竹田城の模型があった。
2階の模型と説明を載せる。

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この郷から石垣が見える。
相当な距離と感じた。
奥さんはハナから敬遠している。
時代は変わっている。
上の駐車場まで行くバスがある。
天空バス!
名前が今一か?????
150円である。
知らなかったが出発前のバスに出くわして乗せて貰った。
タクシーも何台か運航している。
もっとも600mから700mは歩かなければならない。
が道は舗装されているしガードレールも整備されている。
100m毎に標識もある。

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門がある。トイレも整備されている。
団体客が多い。
ガイドが大きな声で説明している。
ボランティアか?沢山の年輩の人が交通整理をしている。
20年前に来た話をして変わったと話したら、車で上まで来れたでしょ!
と言われた。
多くなったのは最近の事と言っていた・・・・・・
ガイドが説明していると、道がふさがれる。
朝来市は生野銀山も抱えている。
良い観光資源である!

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