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2014年6月11日 (水)

本・「人望」の研究・小和田哲男 黒田長政の意外な一面?

「人望」―この不思議に魅力的な言葉。これはいったい何だろうか?単なるリーダーシップでもなく、人気やカリスマとも違うようだ。また、わが国特有のものなのか、いつの時代にも要請されるものなのか
これまで、どの組織でも漠然と話題にされてきた「人望」について、日本史のなかから、あらゆる切り口によって、その本質を探ろうと試みるビジネスマン待望の一冊。

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最近著者の本をよく読む。
面白いと思う!
リーダシップ、人望、名声、人気、似て似ざらるのもなのか?
人望とは何なのか?
よく言われる。あの人は人望がある。
人気があるので人望があるとは限らない!
源義経は人気はある。が人望があったのか?
あればあのような末路にならいのではないか?

真田幸村、最近は信繫が使われるようだが、家康を苦しめた。
が、人望があるのか?
別物だと言う。
竹中半兵衛!
人気はある。人生半ばで死んだので得をしている。
政治家は死ねば名声が高まると同じなのか?
人気があっても人望があるとは限らない。

遠山金四郎、大岡越前守、大石内蔵助の例えがある。
気骨ある人。
それなりに人望はあったと言う。
人気とごっちゃになり、後世の方が評価している場合がある。
人をその気にさせるのは、口先だけでは出来ない。
それなりの実行力が必要である。
武将なら戦いが上手い事!
演説の上手さも必要と言う。
戦国武将は己の主を選ぶのに、運を大切にしたと言う。
例として出されている将軍がいる。
山口多聞、今村均。陸海の将軍である。
能力もあり思いやりがある。

自ら先頭に立つ。
ほめ上手とやさしさ。
毅然とした態度が人を動かす。

なぜこの人に人望が無いのか?
石田三成。杓子定規と言う。
毛利輝元が季節外れの珍しい桃を献上した。
季節外れの桃を食べて当たったりしたらどうするのか?
取り次ぎもせずに返したようだ。
返された方は根に持つ。

石田三成は相当な権力者であったようだ。
毛利輝元の家臣が持っていた脇差しを三成が欲しいと言った。
輝元は直ぐに三成に渡すように命令した。
その脇差しは、秀次も見ている。
秀次が欲しいと言ったら困るので早く三成に渡すようにと!
謙虚さが足りなのではないのか?

武田信玄も徳川家康も意見は聞いたと言う。
秀吉も晩年は駄目だったが、よく人の意見を聞いたようだ!
黒田長政の話があった。
福岡城内に普段使わない部屋を用意した。
月に2日、朝から夕方までいたようだ。
「家中の者なら誰でも長政に異見のある者はいいに来い。話を聞く」

恐れられても、優柔不断でも人望を無くすと言う。

山中鹿之助。人が付いてくる。
一介の浪人で尼子家再興に立ち上がる。
沢山の人がついてきた。
これは人望があったんだろうと言う!

北条早雲、『慈悲の政道』と言う。
梟雄なのか?
そんな事は無いのだろう。
領民を大事にした。

この本に出て来るとは思わなかった。
『米百俵の精神』
越後長岡藩の小林虎三郎。明確な目標設定が出来ている人と言う。
これも人望にはかかせないと言う!

挫折の経験も必要。
三方が原で負けた家康。沢山の家臣を死なせて家臣を大切にするようになった。
チャレンジ精神も必要。
失敗を恐れない。本田宗一郎!

いろんな組み合わせがあり、人望が形成されると感じた。
面白かったです!

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「人望」の研究・小和田哲男

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