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2014年6月 6日 (金)

「軍師」の研究・百瀬明治 『天下を取り損ねた大軍略家』

将の影にあって、組織の存亡をかけた戦略の立案とその完璧な遂行を常に求められた参謀型武将―軍師。彼らは一体、いかに考え、いかに動いて難局を打開していったのか!本書は、楠木正成、竹中半兵衛、直江兼続、黒田如水ら史上に傑出する8人の軍師にスポットを当て、その機略の数々と人間像を描き出すものである。

20140606_book1_2

昔読んだ本である。
播磨町の家に置いてあるのを、探して読んだ。
今は絶版なのか?
アマゾンでは売っているが・・・・・

短編より少し長いのか?
生い立ちから記述している。
近江佐々木源氏の末で、備前から播州に流れて来ている。
ここは爺様が目薬で財を為し、その金を有効に使ったが記述されている。
広峰神社と組む。
広峰大明神推薦であれば、水でも効くか?
それは無いと思うが・・・・・・
爺様は金を貸す。
人の心を金で買う。そうして家臣団を形成する。
金を有効に使い、自家に役立てのだろう・・・・

時代は流れ、播州で諸土豪が争っている時代ではなくなる。
巨大な勢力、毛利・三好・織田!
三好は畿内を支配している。
毛利は隣だ。
ここで織田に付くと言うのは時世を見る眼があったんだろう!
官兵衛は織田に付くことで小寺をまとめる。
議論に勝つが、負けた方は根に持つ例と思う。

秀吉に信頼される。
三木の別所が叛く。上月城が落ちる。
織田の評判の悪さがある。
その中で宇喜多直家を調略する。
しかし荒木村重の反乱がある。
有岡城に幽閉される。
ここで耐えたことにより、信頼を得る。
本能寺の変で、秀吉に警戒されると言うが、それは無いのではないか?
秀吉も官兵衛が同じことを考えていると!
しかしあの状況下では水準以上の人間だったら同じ事を考えるのではないか?

中津城時代は記述されていない。
秀吉が官兵衛を離さなかったと言う!
何かにつけて相談したようだ。
北条、朝鮮半島と忙しく使われる。

最後が関ヶ原だ。
博打に負けた。息子長政をたわけ物と言ったようだ!
言い過ぎではないか?
策士として活躍しすぎた。
福島正則、小早川秀秋、吉川元春に対する調略。
家康に褒められて当然である。
自分の博打が、長政の活躍で関ヶ原が1日で終わった為に負けた。
が官兵衛自身も秀吉の為に働いた。
結果豊後12万石だった。
長政は52万石を貰った。実収100万石と言う!
分をわきまえていた!
官兵衛もただ働きをしたようだが、男の夢を追った!
これを正当な評価と言うのか?
過大評価と言うのか?

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