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2014年7月17日 (木)

本・明智光秀―つくられた「謀反人」・小和田哲男

信長家臣団のナンバーワンの座を秀吉と競い合い、つねに良きライバルであった光秀。本来ならば名将として歴史に名を刻むべき光秀が、日本史上最悪の「主殺し」「叛臣」の烙印を押されたのはなぜか。丹念な史料検証を通して、「金ヶ崎退き口」の真相や「本能寺の変」などの謎を解明し、いままでに知られていなかった新たな光秀像を描く。

20140717_book1

1998年発行である。
ちょっと時代は進んでいる???
今回改めて読み直した。
何故か?官兵衛巡りで坂本城・亀岡城・勝竜寺城と行った。
ならやはり明智光秀か!
著者の一連の
やはり面白い。
まず、系図・出身地・年齢について推測?する。
推理小説みたいで面白い。

足利義昭から織田信長に仕える。
有能であったのは間違いない簿だろう・・・・・
比叡山焼き討ち!
これを諌めたのが光秀と言うのが通説。
が一通の書状でそうではなかったと!
積極的に加担?
命令を忠実に実行していたと言う。
足利義昭が京に入り、京都奉行に就任する。
秀吉もそうだ。
最初から信長は二人を競わしているようだ!
まったく違うタイプの二人を競わしている。

が勝者が自分に有利なように歴史を誘導する。
金ヶ崎退き口の殿軍を秀吉が務めたが、光秀と池田勝正も務めていたと言う。
家康も協力したとあるが、正確な事は分からない。

微妙に差をつける。
最初に坂本城を貰ったのが光秀。
光秀は惟任日向守、秀吉は筑前守!光秀は姓と官、秀吉は官だけとなる。
茶道具の与え方!
信長の人使いの上手さがあると言う。
もっとも能力のある人間に対してと思うが・・・・・・

しかし織田信長の武将は疲れるだろう!
信長は四方八方に敵がいる。
各戦線に応援に出される。
実際光秀も丹波攻略にかかりきりになれない。
その中で結果を出したのだろう・・・・・・

その中で面白い話があった。
丹波攻め!
細川忠興も参加している。
落城前の降伏を忠興は認めなかった。『忠興らしいと思うが・・・・・』
そりゃそうだろう!
光秀はたしなめたと言う・・・・・・

京の馬揃えの総括責任者になる。
実際に信長に信頼されていたのであろう。
働きも信長に褒められている。
信長も良く見ているのだろう。
失敗の理由も状況を判断しているのだろう・・・・・
リターンマッチも認めているようだ。

本能寺に行く。
謀略説が50もある。
感心するほどある。
否定されている事。
①   光秀の母親を人質に出して殺された事。
②   家康の饗応役を外された事。
今回出て来ていない話。
①   勝頼攻略後、苦労のかいがあった。と言って信長に打擲された事。
②   上杉宛てに反乱を匂わせる密書が届けられた事。
③   斉藤利三の話。

著者の独自の解釈。
信長非道阻止説!
信長は正親町天皇を譲位させ、複雑なプロセスを経て新天皇の義父になろうとしていた。
平氏将軍阻止。
新しき世の中にしようとしている。

光秀は疲れていたのだろう。
働きづめであり、秀吉との競争にも負けそうに思う。
変の後の構想も無かったようだ。
細川藤孝にも見限られる。
変を起していなければどうなっていたか?
それもまた苦しい!

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