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2014年7月14日 (月)

本・信長の合戦『八つの戦いで読む智謀と戦略』本能寺の変・戸部新十郎

織田信長が日本史上に稀有な大英雄であるのは疑いがない。しかし、群雄のなかから一人抜きん出て天下一統の道を突き進めた秘密は、じつは戦場で干戈を交えるまでの準備段階にこそ隠されている。桶狭間の合戦から本能寺の変に至る信長の八つの合戦を描きながら、その戦い方の卓越性を読み解いた歴史読み物の傑作。

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信長の合戦八つが記述されていて、最後が本能寺の変である。
今、「軍師 官兵衛」も本能寺の変である。
著者の本は大好きである。
この本能寺の変の章もまとまっている。
一番分かり易いのではないかと思う!
だいたい、数多いのか少ないのか分からないが、エピソードを取り上げるのも作家の腕である。
天正十年六月二日に本能寺の変があった。
五月十二日は信長の誕生日である。
この日を『聖日』とする。
「予自ら神体なり」
「神に化身した天下人」

武田勝頼攻めから帰ってきたところで、精神状態はどうなのか?
光秀も同様である。
両者共まともでないもではないか?病気と言う事なんだろう・・・・・
「一度か二度、光秀が反論したので、足蹴にした」フロイス
「甲斐攻めで、光秀が我らも骨をおった。信長に何処で骨をおった」
「家康の饗応で、能の催しで、出来が悪くその場で折檻した」

と言うエピソードがある。
フロイスの明智光秀の人間像。
「才略・深謀・狡猾さがありほとんど全ての者から良く思われない」
「裏切りや密会を好み、計略・策謀の達人だった」
「絶えず信長に贈与し、信長を喜ばせ、必要があれば空涙を流し、信長の同情を買った」
「近江・丹波に取り立てられて、坂本に豪壮華麗な邸宅と城塞を築いた」

光秀では当代随一のインテリと言われている。
がそうなのか?
本来のそう言えるのは、織田家中では細川藤孝だと言う。
やはり戦国武将である。
「仏の嘘を方便、武門の嘘を知略と言う」

なにか支離滅裂な人間像が出来上がっている。
どれも正しいのだと思う!

織田信長の方面軍がある。
光秀は丹波攻略が終わり、次は四国攻めの大将だと思っていたようだ。
が外された。
となれは後は九州か?
中国は秀吉、そのまま九州を担当すれば光秀は秀吉の下風に立たなければならない。
佐久間信盛らの追放!
将来に対する不安か?

謀叛も信長を討つだけなのか?
それとも天下を狙ったのか?
その割には用意がなされていない!

変の後の対応。
細川藤孝・忠興、筒井順慶、高山右近、中川清秀に対する勧誘!
みな味方してくれると思っていたようだ
荒木村重反乱時、信長が高山右近への脅迫がある。
キリスト教を持ち出している。
どだい迫力が違う!
光秀は簡単にあきらめたようだ。
自分の息子、十五郎と忠興に政権を譲り渡すと言う。
今まで、光秀の息子の出来の事を書いた本はあまりないのではないか?

陰謀説は面白いが、成り立つとは思えない。
書状が残っているが本物なのか?
戦国時代に使者が行く。街道だと思う。
どう言う形で送るのか?
越後、四国、中国等へ送るのに何日かかるのか?
いつも思うが、誰が運ぶのか?
どんな格好して歩くのか?

イエスズ会と言うか南蛮勢力と言う黒幕説もある。
がこれは出先機関が勝手にやったのか?
でなければ本国との連絡なんかできない。
下手すれば1年以上かかる。
この本は織田信長の歴史も分かり面白いと思う!

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戸部新十郎

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