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2014年7月29日 (火)

本・戦国の風見鶏「細川幽斉」・神坂次郎

20140729_book2

細川幽斉の短編である。足利12代将軍の落胤と言われる。
足利・織田・豊臣・徳川と生き抜いたと言う。
今回神坂次郎の短編で読んだ。藤堂高虎の次になる。
才人である。
得な人物と思うが・・・・・
幽斉かやれば流石幽斉と言われる。
剣は塚原卜伝、弓を波波伯貞弘、弓馬故実を武田信豊、茶道学問にも通じ、歌道は三条実枝。
古今伝授も設ける!
料理も達者だったと言うが・・・・・
官兵衛とは親しかったようだ。
お茶、連歌、和歌等文化人としてのようだが・・・・

自己防衛にも長ける。
足利義昭を寺から救いだし、やがて信長に仕える。
義昭を見捨てる????
先を見る目はある。
なので本能寺の変の後、光秀につかなかった。
それも批判されてはいない???

小田原の北条が降伏した後、会津に100万石と忠興は言われたが、断ったようだ。
断ったのは蒲生氏郷の思いと同じか?
都近くにいたほうが良いのだろう。たとえ小国でも・・・・

関ヶ原では、500の兵で1万5千の兵の攻撃に耐えた。
これは攻める方がその気がなかったのではないのか?
立ち回りがうまいのではないか?

細心で大胆で情報収集の深さと分析の鋭さ、的確さで常に世の趨勢を見誤らず、危機も好機としてのし上がってきた細川家。
最終的には54万石になる。
4代光尚が31歳で不治の病になったとき、嫡子六丸は6歳。
取り潰しの危機を肥後一国返上を訴えて事なきを得た!
江戸時代は財政難になったようだ。
藩財政は参勤交代の金もないほどだったようgだ。
江戸の市民が嘲笑したようだ。

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神坂次郎 

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