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2014年8月26日 (火)

本・武家盛衰記「小早川隆景」毛利の両川・南條範夫

20140826_book2

非常に良く言われる武将である。
偏見であるが、毛利も秀吉が相手で良かったのではないか?
毛利元就の3男で、有能な人物だったと言う。
次男は吉川元春!
晩年の秀吉にとって、官兵衛、隆景は最高のブレーンであったようだ。
隆景が二人の違いについて自ら述べている。
「官兵衛は一を聞いて十を知る聡明な人物なので、人の話を聞くと即座に明確な回答を出す。時には本意に反することもある。自分は才知において官兵衛にかなわないが、それゆえ充分に熟慮するので後悔することが少ない」
なにか俺の判断の方が正しいと言っている感じがする。

思慮深い性格なんだろう!
元就没後八年!
毛利氏は予想もしないほど拡大された。
隆景は自戒して、
「灯火が消えなんとする時ひときわ光が増すと言う事もあるので用心しなければならない。当家の武名を決するのは今年たるべく、自分の一身など塵ほどにも思っていない」
この年から織田家との対決が始まる。
備中高松城攻防戦の前に、備中七城の城主に覚悟を聞いた。
織田についても構わないと!
この辺りは演出臭いが・・・・・・・
毛利の律義?????
石山本願寺、丹波八上城、播磨三木城、因幡鳥取城(吉川経家を入れてはいる)、摂津有岡城と援軍は送れていない!送れるはずがない。
毛利の援軍を期待して、信長に反乱した武将たちに対してどう思っているのかと聞きたくなるが・・・・・・
思っていてもそれが出来ないほど織田は進んでいたのか?
毛利とは別に秀吉から伊予35万石を与えられる。
後に筑前名島37万石になるが、秀吉からは優遇される。
本能寺の変の隆景の対応に秀吉は感謝している。
その好意があらわれているようだ。
が秀秋の養子先で隆景は犠牲になる。
官兵衛が養子先を探している。官兵衛と言うのが面白い。
策士官兵衛である。堺屋太一言う、この男の策謀好き・・・・・・
ここで毛利と言う話が出て来ている。
驚愕した隆景は探りを入れて、養子先が決まっていない事を知る。
そうして秀秋を小早川家の養子にむかえる。
そうして秀吉から貰った領土を、関ヶ原の裏切りで家康に少しだが増やして貰い、取り潰される!

四国攻め、九州攻め、朝鮮半島と活躍する。
秀吉より1年早く死ぬ。
関ヶ原の合戦時、生きていればどうなっていたか?
輝元も苦労しなくてよかったのかも知れない・・・・・・・

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