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2014年8月 2日 (土)

本・藤堂高虎・『勝者こそが主君』神坂次郎

20140802_book2

最近著者の短編集を読んでいる。
別にこれが目的ではないが、藤堂高虎の短編が2つあった。
分かり易いと思う。
ひいきじみた記述はしていない。
ただ読んで思ったのは、単なるごますり?では無いのだろう。
誠心誠意嘘をつく!
誠心誠意ゴマをする。

年少の時から武勇は優れている。
秀長に仕え播磨にも来ている。
三木城包囲戦に参加している。『読まなければよかった・・・・』
どうも因幡鳥取城、備中高松城の攻防戦にも参加している。
この三城が、どうも反面教師になったみたいと思う。

三城とも城主が切腹している。
さわやかではあるが、負け組になる!
自分は違うと!
先行き不明の世の中、先のある処に行かなければ負け組になる。
著者の記述。
『猫の目のようにかわる乱世の時代を大過なく歩き続けるためには、たえず四辺の状況を先取りし、慎重のうえにも慎重に身を処す』
そうして最終的に徳川家康に近づく。
頼まれもしないのにスパイみたいな事をする。
屋敷を家康に差し出す。『これは効果あるようだ!』
関ヶ原では槍働きと言うより、裏で動き回る。
築城の名手でもある。
外様大名では真っ先に、松平の姓を許されたと言う。

野心や夢と言う摑み所のない無いものは一切信じない。
徹底した現実主義者で、臆病とも思えるほどの警戒心と防御本能がある。
生涯自慢話はしなかったと言う。
家康に来生までまで御奉公しますと言ったが、宗旨がちがうので無理だと言われる。
すぐに日蓮宗から天台宗に改宗したと言う。
徳川の先鋒を、譜代の井伊と外様の藤堂とする。
幕末鳥羽伏見の戦いで見事に裏切る。

藩祖高虎以来の藩訓。『勝馬に乗れ』

障子越に家康が聞いているの知っていて言う。
『せがれが親の目から見てもふつつかでとても領国を保てない。なにとぞ国替を申しつけられますように』
家康が言う。
『藤堂家は代々伊賀・伊勢32万3千9百50石を動かしてならぬぞ!』
保身術もここまで来ると何を言わんかや・・・・・

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神坂次郎 

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