« 筑前岩屋城 島津の猛攻で玉砕した城! 最後の一人・白石一郎 | トップページ | 本・島津義久―勝ち残りの戦略・白石一郎 »

2014年9月24日 (水)

福岡の官兵衛(23) 筑前・岩屋城 高橋紹運玉砕の城 九州征伐の城

20年以上前に一度来ている城址である。
高名な城である。
高橋紹運が700名の城兵と、玉砕した城である。
戦国の世で玉砕と言うのはあまり無い。
島津の猛攻に耐えた日時が、島津の命運を決したと言う。
島津の損害も相当ある。立て直しが必要である。
まして島津本国の兵であればよいが、降伏した戦意に乏しい兵もいる。
兵にも動揺がある。
これにより、官兵衛と毛利の両川の援軍到着の時間が稼げたと言われる。
山城である。攻めにくいと思う。
城側も水の確保はどうだったんだろうか?
そんな事をいつも思ってしまう・・・・・・

大宰府天満宮まで来た。ならば当然岩屋城は来なければならない!
今回は車で来たが、前回は歩いて城址まで来て奥さんが機嫌悪くなった。
何があるかと言えば、
「嗚呼壮烈岩屋城址」 と記された石碑があり、
「高橋紹運の墓」がある!
ファンにはこたえられない!『二郎にも・・・・・・』

20140913_iwaya1

20140913_iwaya2

20140913_iwaya4

何故そこまで戦えたのか?
二郎が大好きな、吉川経家がいる。
毛利と織田の最前線で戦えるのは幸せである。
歴史に名前が残る。これが地方の土豪達の争いであれば忘れ去られる。
敗れたりとは言っても満足できるだろう!

20140913_iwaya3

20140913_iwaya5

白石一郎が記述していたが、大友家は乱れていた。
裏切り、反乱などしょっちゅうである。
その中で、自分は爽やかな最後を迎えたかったのでは?
幸いにも息子が成長している。
そう言う事では無いかと記述していたが・・・・・・・

20140913_iwaya11

駐車場は無い。
道路の両側に城址と墓があるが、前は道路脇だったと思う。
今回来てみて、そんなに奥にあるとは思わなかった。
道路を挟んで、石碑は上に上がる。
墓は、下に降りる。
城址は明るく、墓は薄暗い!

20140913_iwaya7

20140913_iwaya8

20140913_iwaya10

20140913_iwaya9

ハイキングの人が4人ほどいた。
みなさん元気である!
もう来ることも無いと思うが、二度来れて嬉しかったです!

20140913_iwaya6

20140913_iwaya12


« 筑前岩屋城 島津の猛攻で玉砕した城! 最後の一人・白石一郎 | トップページ | 本・島津義久―勝ち残りの戦略・白石一郎 »

 黒田官兵衛 紀行」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« 筑前岩屋城 島津の猛攻で玉砕した城! 最後の一人・白石一郎 | トップページ | 本・島津義久―勝ち残りの戦略・白石一郎 »

2019年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
フォト
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

カテゴリー

無料ブログはココログ