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2014年10月 7日 (火)

本・北条氏照・伊東潤

小田原北条氏百年の最期にふさわしい“有終の美”を飾った男・北条氏照。三代目・氏康の三男として生まれ、第二次国府台合戦での活躍、越相同盟の実現、八王子城の築城など、「武」と「智」を兼ね備えた氏照こそが、北条氏を関東制覇へと導いたといっても過言ではない。豊臣秀吉による小田原攻めでは、徹底抗戦を主張し、始祖・早雲の夢「王道楽士」を追い続けた義将の生涯を描く力作長編。

20141007_book1

『祿壽應穏(禄寿応穏)』
「禄(財産)と寿(生命)は応(まさ)に穏やかなるべし、領民全ての禄を寿を北条氏が守っていく」

と言う事のようだ。
信長の「天下布武」とは対照的な 『民を本位とした思想』と言う
早雲は「五公五民」から「四公六民」の税制に改め、領民の支持を受けた。
三代氏康の三男であり、有能と言う。
歴史は勝者に都合よく記述される。
四代氏政がいる。

氏政の有名な逸話として2度汁かけの逸話がある。食事の際に氏政が汁を一度、飯にかけたが、汁が少なかったのでもう一度汁をかけ足した。
父の氏康が、嘆いた話!
「毎日食事をしておきながら、飯にかける汁の量も量れんとは。北条家もわしの代で終わりか」
結果として氏政が北条家の滅亡を回避できなかったことが、この逸話を有名にした。
が当主は氏直である。全て氏政の責任にするのはどうかなと思うが・・・・・
この逸話は後世の創作で、同様の内容は毛利元就と輝元の話としても伝えられている。
負ければ何を言われるのか分からない。
要は勝てば官軍か?

関東を制覇するのは辛い。
土豪?
沢山の名門がある。
信長は徹底的に逆らう者を滅ぼした。
北条は上杉謙信、武田信玄と争わなくてはならない。
武蔵、上野、下野、駿河、甲斐・・・・・・
関東の土豪、名門!
常陸佐竹、多賀谷と言う名前も出て来る。
関東だけではないが土豪は勝つ方に付く。すぐに乗り換えるようだ。
この辺りの関東の歴史には疎い。神戸に住んでいるせいもある。

北条氏は一門が多い!
氏照の兄氏政が当主である。
弟に、三郎景虎、親豊臣・徳川の氏規、妹が武田勝頼に嫁いで勝頼に殉じた!
戦国の世と言え上杉、武田に翻弄されている感じ。
上杉の家督争い。景勝VS景虎!
勝頼が樋口与六の調略、金に目がくらみ景勝に付く。
この時、上杉景虎・武田勝頼・北条氏政の同盟が機能していれば面白かったとは思うが・・・・・・
何処もそうなんだろうが、関東は寝返りが多い。
上杉、武田、北条とも調略が激しい。
信長も相当裏切られている。
となると家康は凄いのだろう!
大物は石川数正ぐらいか・・・・・
北条高広。きたじょうでほうじょうではない。
謙信に属し、景虎に付く。その後は北条に付く。
真田も似たようなものだ!

ともあれこの複雑な関東で戦っていく。
主人公は悪く書かれない。
氏照はさわやかなに描かれる。
信念を持っている。
それゆえ一門とも意見が違うことも多い。
ともあれ兄氏政に協力する。
こうなると北条を滅ぼしたと言われるのは、二人にとって酷な話と思える。
しかし関東に覇を唱えている。戦わずして秀吉に屈するのは北条の否定になる。
氏照と違い、氏規は豊臣に臣従することで生き残りを図ろうとする。

北条の言い分。
毛利、上杉は優遇されている。
家康も秀吉が頭を下げている????
それなりの対応を北条にもしても良いのではないか?
が秀吉は最初から北条を潰す気でいる。
恩賞として与える土地の確保か?
どのみち北条は滅ぼされる運命だったのか?
著者の本は何冊か読んでいる。
これからも読んで行きたい!

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