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2014年11月 4日 (火)

本・関ヶ原②武将達・司馬遼太郎

武将たちが生き生きと描かれている。
豊臣家の武断派武将。
加藤清正、福島正則、黒田長政、細川忠興、浅野幸長、加藤嘉明、池田輝政。
藤堂高虎も入るのか?
黒田長政の策士ぶりがこれほどまでなのか?
この中で謀略も出来るのは、細川忠興、黒田長政、藤堂高虎か?

浅野幸長が言う。
三成がいなくなってから、世の中の不正を不正とも思わくなった。

細川忠興。
兜の意匠が上手い。実際頼まれる。
見事な造りだが、立物として水牛の角になっているが実際は桐だった。
忠興にすれば本物を使ったりしたら、林の中での戦闘になったら邪魔になる。
要は、実戦型の武人である。
にもかかわらず風雅の道に長じている。
生まれついでの大名なので感情の抑制がきかない!
それに政治感覚がするどく、遊泳術にも長けている。

ガラシャ亡き後、キリスト教を領内では黙認する。
これを加藤清正に馬鹿にされる。
「自分が信じてもいないキリスト教を保護しているとはあきれはてた大名である。
そう言う信念不明瞭な男とは大事を語れない!」
忠興は刀を抜こうとした。清正も応じた。
戦国武将とはこういう者達なのか?

加藤清正。
三成憎しで家康に近づく。
家康から縁談の話が来る。どうするか?
家臣が不用意に言う。
三成が反対する。
即座に決める。
恨むところを間違っている。

福島正則。
いつも酒を飲んでいる感じがする。
素面の時の方が珍しい。
家臣にも常識はずれの命令をするが、家臣も正則の性格が分かっている。
いずれにせよ正則が家康に着いたのが大きいと言う。
真っ先に去就に迷う大名を家康側につける発言をする。
その正則を家康側につけたのは、黒田長政。

黒田長政。
自ら進んで家康に賭けた。親の心知らずか・・・・・
容貌は粗大で、諸事荒事を好む。
粗暴で実直げな種類の人物と言う。
が結果から見れば策士である。
福島正則を懐柔し、毛利の吉川広家も内応させる。
そして小早川秀秋も内応させる。
こうしてみると不詳の息子と官兵衛が思おうが、カエルの子はカエルなのか?

藤堂高虎。
嗅覚が優れている。次は誰か?
高虎がつけば、世間は次は誰と思う。家康!
徹底している。武将としての能力もある。単なるおべっか使いではない。
博打をした家臣と、女遊びした家臣の処置に違いがある。
子孫の為にわざとらしく領土の返上を言う。
家康が心配しなくてよいと言う。
この言葉を引き出す為に・・・・・・
加藤清正、福島正則と仲が悪い。
典型的な戦国武将なのか?
裏工作に徹する。
藤堂高虎と揉める!

その描写が面白い。

本多正信。
家康の謀臣。主従そろって狸である。これに本多忠勝、井伊直政、榊原康正、
鳥居彦右衛門らがいる。三成との違いか?
嶋左近は謀臣ではない。戦場の指揮官である。
250万石と19万石の差が、人材の差にもなっている。
もっとも三成は自分の才能に酔っている。

三成に忠実だったのは大谷吉継だけか?
戦意が戦ったのは、宇喜多秀家!
小西行長、安国寺恵瓊、毛利の吉川広家、長曽我部盛親は戦意が無いのか?
吉川広家も殿中で浅野長政と殴り合いのけんかをした!

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