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2014年12月20日 (土)

関ヶ原の合戦(27) 桃配山 徳川家康最初の陣跡

関ヶ原の合戦、 桃配山 徳川家康最初の陣跡

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古い話である。
壬申の乱の時、吉野軍をを率いた、大海人皇子は、ここで近江軍と対峙した。
村人が山桃を献上した。
これを喜び、山桃を買い上げて兵に配ったと言う。
そして連戦連勝で勝利を収めた。
そしてこの辺りを、桃配山と呼ぶようになった。

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家康はこの故事を知っていて、ここに陣を構えたようだ!
家康が縁起をかつぐとは思えないが、兵はそうでは無い。
将たる者は、兵の気力にも気を配らなければならない!
そう言う事のようだ!

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ここは駐車場もある。

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旗竿も沢山ありよく分かる。
少し山(?)を上がるが、石碑の前に酒が供えられていた。
ここからも三成の陣が良く見えたのだろう。
近くに山内一豊の陣があり、浅野幸長、池田輝政の陣もある。
毛利は動かないと信じたのだろう!
毛利に襲いかかられればいちころと感じた!

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目の前に三成がいる。
そして小早川秀秋の陣も見える。
ここへ鉄砲を撃ちかけて、裏切りを催促する!
ここに3万と言う兵がいたようだが、全員野宿である。
糞尿も大変と思う。

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ここは複雑な陣である!

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