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2015年7月26日 (日)

本・源氏と平家の誕生・関裕二

なぜ、源・平の二氏が現われ、天皇と貴族の世を覆したのか?古代史を得意としてきた著者が着目したのは、天皇だった。天皇という制度はいかにして生み出されたか。そして、この制度が結果として武家社会の誕生の糸口となったのは、なぜなのか。その中から、とくに源氏と平家の二門が現われてきたのは、なぜなのか。蘇我氏、持統天皇、長屋王、光明皇后、東北の名もなき俘囚…古代史の立役者たちが、500年もの年月を越え、武士の時代と結びついてくる。

20150726_book1

源氏と平家が記述されている。
相変わらず名前が覚えれない。
特別変わった内容では無い。
前半は源氏と平家の物語である。
どちらも天皇の末裔である。
臣籍降下、天皇家では養えないので追い出す???
実際に天皇も子供が多い。
現在とは違う。
女に不自由しなかったようだ・・・・・・・・
10数人の子供いたようだ。
女は嫁にやればよい。
が男は困る。

平氏は桓武天皇、源氏は清和天皇と教えられたが、そんな単純なものではない。
平氏は4人の天皇から、源氏は17人の天皇から生まれたとある。
嵯峨源氏、仁明源氏、文徳源氏、光孝源氏、宇多源氏、醍醐源氏、村上源氏・・・・・・・・・・

保元平治の乱があり、源氏と平氏興亡がある。
実際には源平合戦と言うよりは、平平合戦に源源合戦だったと言う。
源氏は特に同族で殺し合いをやっている。
平氏が勝ち覇権を握る。
が源氏に敗れて鎌倉幕府が成立する。
がそれよりも、古代からの権力争いの方に重点がおかれている。
それが源氏と平家の台頭に繋がったとしている。
蘇我氏、藤原氏・・・・・・・・
特に藤原氏の権謀術数が記述されている。
古代の事なので、想像力が必要である。
何か陰謀史観で想像している感じがしないでもないが・・・・・・・
そこから始まらなければ、源氏と平家の事は語れないと言う事なんだろう・・・・・・・・・

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