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2016年7月 2日 (土)

本・権平五千石(「侍はこわい」に収録)(2005/1)・司馬遼太郎

真田丸では伏見城、鶴松が亡くなった頃の話である。
信繫が豊臣の人質として秀吉の元に行く。
秀吉の親衛隊に抜擢される。
ここに先輩ずらした平野權平がいる。
信繫にアドバイスしているのか、面白がっているのか分からない?
城中ではこんな生活をしていたのかと思うと面白い!!

20160702_book1

賤ヶ岳七本槍の一人である。
福島正則、加藤清正、加藤嘉明、脇坂安治、平野長泰、糟屋武則、片桐且元である。
このメンバーについても短編で司馬遼太郎は面白く書いている。
意外に加藤嘉明は良く記述されている。坂の上に雲にも登場している。
平野長泰以外は1万石以上の大名である。
ひとり5千石だったようだ。
目立つわけでもなく、そのままにしていたという設定である。
妻の実家は大名である。權平より上である。
親しかった孫六こと、加藤嘉明の小者がいた。
それでさえ家老で6千石と言われてショックを受ける。
秀吉に従ったので出世しただけである。
家運が良かったのか??
これが、他の軍団長、柴田勝家、丹羽長秀、滝川一益らに仕えていたらどうなっていたか??
寄せ集めの秀吉の集団だったのが良かった??
関ヶ原では、家康についていく。
勝には勝つがたいした働きもしていない。
加藤清正は54万石である。
權平は5千石据え置きであ。
家康も加増の必要を認めなかったのか??
江戸で旗本寄合席とした。
大阪に陣の時、家康に謁を賜らんと申し出て、
「牢人となって、大阪城に入城して秀頼様の為にひと戦したい!!」
家康は笑ってなだめて、江戸に帰したようだ。

加藤清正は亡くなっているが、福島正則、加藤嘉明、脇坂安治、片桐且元らが裏切って居るの見て、彼らの栄達に不満があったのかも知れない。
義憤に駆られての事なのか???
そうでもなさそうである………

大阪に陣での信繫との出会いは無さそうである。
「家祖權平様はひとのまねの出来ぬことをされた。ご自身は半生5千石の据え置き、
子孫も二百年来五千石のすえおき、しかしこのまねのできぬ芸で、平野家は安全につづいた」

幕末に加増されたようだが………
嫌味か、誉め言葉か????

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