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2016年11月 9日 (水)

本・だれが信長を殺したのか(2007/3)・桐野 作人

「ときは今天が下しる五月哉」。三日前にそう詠んだ光秀だが、いまだこのとき、謀叛を決断していなかったことが新発見の書状で明らかになった。そんな光秀を追いつめた張本人はいったいだれ!?足利将軍か、朝廷か、はたまたバテレンか。黒幕説飛び交うその裏で、一人の男の影が浮上した。斎藤利三。他家を出奔し明智家家老にまでなった勇者には、信長を許せない複雑な事情があった。長宗我部元親、三好康長、羽柴秀吉、織田信孝。四国情勢をめぐって濃密に絡み合う人間関係に、翻弄される光秀、そして信長の誤算とは。

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本能寺の変についての本は溢れかえっている
著者も何冊か書いている。
戦国時代を描くと、どうしても本能寺に変になる。
権力者には、馬・鷹を進上する。
鷹を進上するのは、服従の意味と言う。
もっとの盟友と言う意味もあるようだ。
東北の武将は信長に鷹を進上している。
信長を天下人と認めているのか??
そういう時期の変である!

内容は下記の通りである。

第一章 信長と光秀の天正八年
第二章 破断への予兆
第三章 光秀を追いつめた信長の四国国分令
第四章 本能寺の変の仕掛け人、斎藤利三
第五章 「不慮謀叛」ついに決行さる
終章  本能寺の変とはなんだったのか

最近は四国問題が流行りである??
足利将軍、朝廷、南蛮勢力等の黒幕説を否定する。
読んでいて納得する。
野望説、怨恨説も否定している??

著者は天正8年からの出来事を重要視している。
本能寺の変が天正10年である。
具体的な話が続く。
織田信長の方針が変わる!
特に四国政策が変わる。

「ときは今天が下しる五月哉」。
挙兵三日前、愛宕百韻で本能寺急襲のひそかな野望を詠んだといわれる光秀だが、いまだこのとき、謀叛を決断していなかった。
新発見の書状で明らかになった。
上杉に出した書状があるが、これは眉唾ものと言う。
実際に越中魚津まで行く使者は誰がなるのか?
途中で捕まれば絶対にばれる。ばれれば言い訳は効かない!
まして柴田勝家の武闘派の巣窟と言われる北国軍団である!
場違いな光秀の使者なんて絶対におかしいと言われる!
謀反を決意しているなら、本能寺の変を起こす、何日か前に出さなければならない。
挙兵三日前でも決意していなかったようだ。
実際に味方が誰か、光秀自身が信じれなかった??

この時代、通信網も無い。連絡はどうするのか?
光秀が決意して、各方面に事前に連絡すれば絶対に漏れる。
変が成功したのは、発作的な行動だったからだと思う!
貴重な記録あるが、参加した兵の証言は、徳川を討つと思ったと言うのがある。
秘密は保たれたと言うか、

斎藤利三!
この名前が特に注目されている。
明智秀満と並ぶ、光秀の家臣である。斎藤利三は、長宗我部元親と姻戚関係にある。
四国問題の説明がある。
長宗我部元親、三好康長、羽柴秀吉、織田信孝。
四国情勢をめぐって濃密に絡み合う人間関係がある。
翻弄される光秀と言う。
著者は天正8年を重要視している。
読んでいると納得する。
四国担当は光秀だった。
最初は元親と信長は友好関係にある。
息子の名前に信を貰っている。
信親である。
遠交近攻である。
領国が接していなくて利害関係が少ない!
四国は長宗我部が制覇しかける。
ここに織田家の問題がある。
佐久間信盛らの追放かある。
抗戦もせずに追放される。
空白が出来る。
ここを親族で固めたい。
柴田勝家は北国、滝川一益は関東、羽柴秀吉は中国、信孝に四国を任せる。
そうなれば光秀は??
九州か??
四国担当であるので、戦いになれば担当者が戦うのが通例である。
現に各方面はそうなっている。
が四国は光秀でなく信孝になる。補佐は丹羽長秀である。
これに三好氏、秀吉が絡んでくる。
長宗我部とは婚姻関係がある、明智では情が絡む。
この辺りは分かり易い!

織田家の中での明智の位置が下がって行く。
おる場所が無くなる。
佐久間信盛も追放される。
いずれは…………
『狡兎死して走狗烹らる』
そう思っても仕方がない。
その時に信長が本能寺に来る。兵は少ない!
今しかない!!
だから成功した!
山崎の合戦時、斉藤利三は坂本城での籠城を勧めた。
敗れてからの扱いは、光秀と利三は同等と言う。
首謀者の扱いである。
稲葉家から明智家に移るが、信長に一時死を命じられる。
とりなしで助かるが、いつぶり返すかもしれない。
これに長曽我部問題が絡んで、光秀の背中を押した??

話は変わるが、由比正雪の乱がある。
失敗しているが、これなんか秘密の情報がじゃじゃ漏れである。
失敗すようにして失敗した!!
やはり秘密が必要である。

著者も戦国時代の作品は多い。
本能寺の変の作品は数多い。
真実の………
何か違いを出そうとしている。
資料なんか限られている。
新事実が………
何年目の真実が………
そう言うのは読まないようにしているが………

面白い本でした!!!

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