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2017年1月20日 (金)

本・秀吉家臣団の内幕 天下人をめぐる群像劇(2013/9)・滝沢 弘康

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豊臣秀吉が築き上げた組織とはいかなるものだったのか?
その歴史をたどりながら、秀吉を取り巻く群像のドラマを描き出す。
信長の跡を継ぎ天下統一を成し遂げた豊臣秀吉。
「二兵衛」こと竹中半兵衛と黒田官兵衛、子飼衆の石田三成や加藤清正、
家臣団を差配した弟・秀長、そして知られざる「羽柴四天王」などが織り成した時代がある!!
家臣団の構造や変遷は、現代の組織論に通じるところもあるだろう。

羽柴四天王???
日本人は数字が大好きだ!
二老、三桀、四天王、柔道等の団体戦(先鋒・次鋒・中堅・副将・大将)
七本槍………
武田四天王、徳川四天王は高名である。
羽柴四天王は有名ではないのか??
そうであろう………
神子田正治・尾藤知宣・戸田勝隆・宮田光次とある。
武田・徳川の四天王は実力派である。 歴史にも名が残る。
一軍の将である。
勝者の歴史は残ると言われる。
名前もそれほど知られていないのは、徳川に負けたからか………

内容は下記の通りである。
はじめに
豊臣秀吉&秀吉家臣団年譜
第1章【創業期】手づくりによる家臣団
第2章【建設期】「即戦力」と「先行投資」
第3章【伸長期】粉骨砕身する官兵衛
第4章【変革期】旧信長家臣の吸収
第5章【運用期】取次と吏僚派奉行の台頭
第6章【分裂期】派閥抗争と三成の矜恃
終章 【崩壊期】豊臣政権瓦解の真相とは
おわりに

手づくりによる家臣団のなかに、羽柴四天王が入る。
義理の弟である浅野長政もそうなんだろう………
秀吉はハンデがあった。 譜代の家臣がいない。
出自と青年時代は史実の外と言う。
分からないと言うことである!!
その中で使える人間を集める、探さなければならない!!
信長のように身一つで逃げれない!
家康のように、身代わりになって死ぬ家臣もいない??

尾張州に美濃衆が最初になる。
生駒正親・加藤光泰・仙石秀久らがいる。 生駒正親も結局は家康になびく。
竹中半兵衛も美濃攻めで信長から与力としてつけられた。
家臣ではない。
インテリジェントオフィサーと言う。
調略を担当する。
蜂須賀小六に官兵衛もそうである。
相手に対する知識と、中に入る度胸が必要である。
大物が弟秀長である! 実質No2である。

秀吉の出世と同じくして、小姓から取りたてる。
身内と言うべき、加藤清正・福島正則に、加藤嘉明がいる。
長浜時代の家臣である。
宮部継潤・桑山重晴・一柳直末・山内一豊らがいる。
近江衆も抱えられる。 将来を見越している。
脇坂安治・田中吉政・増田長盛・石田三成・大谷吉継・片桐且元らがいる。

信長に佐久間信盛が放り出される!
仕事をしていない! と信長に責められる!!
親子で放逐されたようだが、石山本願寺攻めでは7か国の兵を率いている。
反乱に走るほどの根性も無ければ、家臣もついてこなかったのか??
これを見たら秀吉も考える??
家臣はついて来てくれるのかと???

本能寺の変で光秀を討ち後継者になる。
家臣も増える。
信長に与力として秀吉陣営にいた武将はそのまま秀吉の家臣になる。
運と言う物なのか??
それ以降は秀吉に付いた方が得と言う考えになる!!
堀久太郎、丹羽長秀、蒲生氏郷らは秀吉に付く!
賤ヶ岳の合戦、小牧長久手、四国、九州、紀州、小田原を経て天下人になる。
この当時は降って来た武将が家臣になる。
五大老、家康・利家・景勝・輝元・秀家がいるが、利家・秀家はともかく、他は秀吉に降っている!

小牧長久手で、神子田正治が失脚する。
半兵衛に、半兵衛亡き後は、神子田正治がいるとまで言われている。

金箔瓦による家康包囲網がある。
駿府城、甲府城、小諸城、上田城、沼田城、松本城、会津若松城。
金箔とは秀吉らしいと思うが………
はったりが過ぎる??

秀吉は東海道に律義者と呼ばれる武将を配置して、家康の西上に備えた。
三河岡崎―田中吉政、遠江掛川―山内一豊、遠江浜松―堀尾忠氏、駿河駿府―中村一忠、
尾張清須―福島正則、三河吉田―池田輝政、浅野幸長―甲斐甲府………
ことごとく家康に付いた。

関ヶ原で三成に付いたのは、大谷吉継・戸田勝隆の弟勝成………
後は良く分からない!
戦意があったのは宇喜多秀家、毛利秀元、立花宗茂………
毛利は吉川広家が動かず、立花宗茂は関ヶ原に居なかった!!
実際現地にいた毛利秀元は、毛利が参戦していればと言う思いが強かったようだが………
毛利が動かなかったので。長曽我部も動けなかった??

豊臣政権は何故崩壊したのか??
①    秀頼が若く、その支えとなる豊臣家の一族もいない。
②    家康をはじめ、外様大名が政権の中枢に入っている。
③    政権内に深刻な派閥抗争(三成VS清正)があり、つけいるスキが有った為。
④    豊臣政権にNo2が居なかった。
⑤    秀吉の独裁であり、小大名の史僚派奉行に実験が無かったため。

欲で引っ張った政権は、欲で滅んだのか??
初期の頃の家臣が面白かった!

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