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2019年2月16日 (土)

本・歴史に学ぶ「勝者」の組織革命(1999/7)・堺屋 太一

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なぜ「勝者」となったのか?
群雄割拠の戦国時代から激動の幕末期にかけて「勝者」となった、
織田信長、豊臣秀吉、島津義久、高杉晋作らの軌跡をたどり、
その先見性や危機管理能力を、時代を超えた透徹する視点で描く。
歴史には現代におけるリーダー不在の閉塞状況を打破する戦略や行動法則が隠されている。

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本を片付けているのか、何をしているか分からない??
こう言う本が出てきたら読んでしまう??
著者の歴史物は好きである!!
内容は下記の通りである!!
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まえがき
織田信長の技術・組織改革
豊臣政権と補佐役集団
島津義弘の生き残り作戦
毛利元就・上杉景勝のサバイバル
高杉晋作と奇兵隊・その実力組織
解説 二木謙一

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創業と守成!!!  二代目の苦労??
著者が特に評価する、豊臣秀長………
大変面白い!!!
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まえがき
歴史は、われわれの先祖が繰り返してきた成功と失敗の記録である!
この世界に、過去の歴史が再現される事は無い!
歴史は時代を超えた共通点が多く、事例の集積であり、教訓の宝庫でもある!!
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織田信長の技術・組織改革
人物評価なんて、見る人が見なければ分からない!
実際に見た斎藤道三は、「うつけ」の評価を代えた?
武田信玄は、信長の日寿生活を聞いて、考えこんだと言う!!
あの織田信秀が、廃嫡していないことからして、普通では無いと!!
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基盤は盤石ではない!
「尾張のうつけ者」と呼ばれ、やることなすこと規格はずれである!
古き常識からは、弟の方に人気がある!!
信秀が死に、当主になる!
尾張統一のために一族内で争う!!
弟、叔父などを殺す!!
若き頃から自前の兵を養っている??
少数でも意のままに動く兵を持っている!!
「藤原信長」と署名している………
既成の兵ではなく、流れ者の兵を雇う!!
「銭で雇った兵を、銭で雇った頭に指揮させる」
こんな兵が強いのか??  尾張は弱兵と言う!!
都会の兵は弱い?? 田舎は強い!!!
これは「兵農分離」になる? つまり農民を兵として使わない!
農業に影響されずに、いつでも兵を動かせる!!
「戦略的兵農分離」と言う!!
それには金が要る! 経済力を持たなければならない!

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桶狭間に勝利し、その恩賞の出し方が従来の常識から外れている?
「楽市楽座」 座にとられずに誰でも商売できる!
これにより既存勢力、宗教勢力と争う!
信長の政治権力を一元化に掌握する政治機構を目指していた!!
その為に、信長は財政強化と、既存勢力の排除はを行う!!
「座」を廃止した理由は??
➀ 適材適所の配置を妨げる、身分制度の打破!
② 座の廃止!
③ 租税徴収のの公平化
④ 貨幣の統一

他の大名と比較にならないほど豊かな財源に恵まれていた!!
信長はイベント好きのようだ! 著者と気が合うだろう………
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「名将とは、常に自軍の長所を活かし、敵軍の短所を衝く!
 凡将は、自軍の短所に不満を持ち、敵の長所に脅える」

弱兵を率いて、その弱さ故、敵に勝る塀を集中して集める!
何度でも攻める!
利あらずとならば、自ら真っ先に逃げる!!
弱い兵に適した武器と戦術を考えた! 既成に捕らわれないで考える!
長い槍!  鉄砲!  鉄張りの船!
鉄砲も当時世界一と思われるほど集めている!!
現在では、長篠の戦いで3千丁の鉄砲については疑問視されている?
三段打ちもどうなのかなと???
それにしても、集中して鉄砲も使っている!
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信長は待つことが出来、徹底している!
武田勝頼も勝てる状態になってから攻めている!
本願寺でも妥協せずに戦った………
合理的に考える??
他も同じ事を求める??

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林道勝、佐久間信盛らは追放される!
松永弾正、丹波・波多野氏、三木・別所氏、荒木村重と反乱している!
明智光秀が成功しなくても、誰かが反乱するのかも知れない??
早すぎた近代人と言う!! 他はまだ合理的になっていない時期である??
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豊臣政権と補佐役集団
秀吉は、日本史上最大の急成長組織である!!
この章は、著者が評価する羽柴秀長である!!
一門に恵まれない秀吉の弟である!!
「司馬遼太郎 豊臣家の人びと」で活躍を知った!!
著者の解説で、当時の武士集団の内容が良く分かる?
流れもの、地盤がない者は雇われない?
地域社会などでつながりがある!
先祖累代の家臣も、親類縁者にも恵まれず、領土もない秀吉である!
秀吉も織田信長でなければ武士階級になれていない??
が、有能な家臣が欲しい!!

羽柴四天王??  
徳川四天王、武田四天王は名前を言えるが、羽柴四天王は覚えていない!
それほど人がいなかった??
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その為に、秀吉は自らものになりそうな少年をスカウトする!
福島正則、加藤清正、加藤嘉明、片桐且元、脇坂安治、石田三成、大谷吉継らがいる!
その中で、羽柴秀長が補佐役として仕える!!
有能である?? 稀に見る出来物か??
竹中半兵衛の教えを受ける??

竹中半兵衛も褒めたようだ!
誰にでも猜疑心がある! 目立てば嫉妬を買う!!
秀長は影に徹したようだ!!
一門衆も譜代もいない中、信長から兵を借りる??
織田信長なので出来た!! 蜂須賀小六などもそのようだが………
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秀吉の代理を務める!! 表に出ないで、裏方に徹する!
後に秀吉が官兵衛宛の手紙に、「官兵衛を、弟小一郎同然に思う???」
No2に徹する!!!
事情があれ、伊達政宗は弟を殺している1
織田信長も殺している!!
源頼朝も、弟を殺している!!
武田信玄の弟、信繁は兄に忠実に仕えている!
兄弟は難しい!!

補佐役であり、武人としての才能もある!  負けていない!!
千利休の切腹は、秀長が死んでからである!!
古参の武将と、若手官僚の間を取り持つ!
古参の武将の苦情があれば、官僚を叱りつけて、官僚の言うと通りにやらせる?
微妙な関係を取り持っている!!

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漢の高祖・劉邦の人材登用!
韓信  戦って必ず勝つ!
張良  帷幕の内に策を練り、勝ちを千里の外に決する!
蕭何  国を整え食料を絶やさない!

才能と役割を分かっている!!
秀吉もそうである!
韓信の立ち場には、秀吉配下の勇将がいる??
蕭何の立ち場には、優秀な官僚がいる!! 石田三成らである!
張良の立ち場には、竹中半兵衛、黒田官兵衛がいる!
なによりこれらをまとめた、秀長の存在が大きいと!!!
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島津義弘の生き残り作戦
司馬遼太郎が書いていたが、薩摩は5度中央政府と争っている!!
古代隼人の反乱?
秀吉に対する反抗!
関ケ原以降の徳川幕府との争い!
明治維新!
西南戦争と言う!!

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薩摩兵は強い!! 「滝口康彦 薩摩軍法」が詳しい!!
それでも秀吉の軍勢に負けた!!
朝鮮半島では、「鬼石蔓子」(おにしまづ)と呼ばれて、恐れられた!!
が、薩摩は秀吉との対決に負けて財政難になっている??
のちに薩摩は琉球に攻め入るが、それは朝鮮に薩摩が琉球に傭兵になると持ちかけた?
つまり金を払えば、代わりに兵を出す1  この支払が琉球に攻め入ることになる?
関ケ原の時は、義弘が当主である!  兄義久から代わっている!
上洛したとはいえ、兵は200名と言う!
本国に増援を依頼するが、金がない!
この危機に薩摩の武士は、個人で勝手に上方へ走る!!
1500名の戦力になる!!
が、天下分け目の戦いに参加するには少な過ぎる? 発言権もなくなる!
この時期、実戦経験は誰よりもあるのではないか??
前線の指揮官である!!!
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家康に会津に向かうので、伏見城に入ってくれと頼まれる!!
が、鳥居元忠に入城を断られる!!
どちらが勝つのか? 家康有利と思うが、そうでもない!!
情勢を見ながら西軍に参加する!
三成、流石と思わせることもあったようだ………
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しかし戦場で、義弘の作戦の提言も三成に拒否される!
ましてや兵を置き去りにされようとする!!
そのような状況で関ケ原に陣取る!!
緒戦は西軍有利である!!
が義弘は冷静に合戦を見ている!!
小早川秀秋の裏切りにより西軍の負けになる!!
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敵中突破で薩摩に帰る!!!
義弘を生かして薩摩に返す!!
200名生き残ったのか??
井伊直政が負傷する!!
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毛利哀願、上杉捨て身、島津強訴の生き残りがある!!
島津は開き直る!!

薩摩は九州の端である!
遠国でもあり、関ケ原の敵中突破が効いている!
攻めればどれだけの被害が出るのか??
強気の交渉がものを言った???

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毛利元就・上杉景勝のサバイバル
「創業」の苦心をたたえる物語は多く、「守成」の話は少ない!
関ケ原の合戦以降の諸侯の話になる!
維新の段階で、1万石以上の領地を持つ「大名」は280人未満!
著者は10万石が、守勢に成功した最低の基準とする!!
外様大名に絞ると、40家が22家になっている!!

18家のうち17家は、江戸幕府成立から40年の間に消えている!!
関ケ原前に、大内、尼子、斎藤、浅井、朝倉、今川、武田、大友、北条等が消えている!
関ケ原後に減封されたのは、毛利、上杉、佐竹、秋田と言う!
その反面、気前よく家康は加増した?

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武田家を例に挙げている!!
偉大な信玄が亡くなり、勝頼が後を継ぐ!!
そう言う場合が、創業からの功労者がいる!
それが二代目と対立する!!
実際に、信玄以来の家臣と対立している?
それが滅びの原因でもないと思うが………
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関ケ原の合戦以降に、創業者は死亡し、二代目になっているところが多い!
中村一氏、田中吉政、蒲生忠郷、堀尾吉晴、京極忠高、最上義俊、生駒高俊、加藤明成、
福島正則、加藤清正らが取り潰される!
ほとんどは、子供か孫の時代に潰されている??
福島正則は長く生き過ぎたのか、本人の時代に潰されている??

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著者の守成に成功した家を挙げている!

島津、鍋島、毛利、上杉、佐竹、伊達である!
島津、鍋島、佐竹、伊達は遠方地だった理由もある!
安定していた基盤があった!
初代が健在だったり、リーダーシップがあった!
島津に馬鹿殿なしと言われる!
鍋島信茂が生き残っていた! 百戦錬磨である!!

佐竹義宣は三成びいきであったが、証拠を握らせず秋田へも素早く動いた!
伊達は、政宗がいた!!!

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その中で毛利と上杉は120万石もあり家康に抵抗している?
「上杉・捨て身、毛利・哀願、島津・強訴」と言われている!!
毛利に上杉は、天下争奪のトーナメントに参加していた!
毛利元就➡輝元、上杉謙信➡景勝である!
どちらも創業以来の家臣も多い

輝元は志道広良に言われる!
「君は船、臣は水」
どちらも本能寺の変で救われている!!
でなければ織田信長である? 滅亡していた可能性も高い??
その救われた状況の対応を間違わなかった?
秀吉に臣従し家を保つ!!
どちらも五大老になっている??

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義将・謙信がいる! 景勝は二代目である!
この謙信を真似て、謙信の身代わりで治めている!
利害で戦えない!  あくまで義である!!
謙信亡き後、景勝との戦いに勝ち、後を継ぐ!
謙信を演じる!!
関ケ原の合戦の時期、家の保身のために家康に付くわけにはいかない!!
そうすれば家中がまとまらない!!
が徳川撤退時、追撃を主張する兼続らを抑える?
合戦後の事を考えている? 生き残りを図る??
景勝は、誰より激しく家康に敵対した!
それでも幕末まで家を存続させたのは、景勝であると!!

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毛利輝元は相続時、毛利の両川、小早川隆景に吉川元春が健在だった!
が関ケ原の合戦時は、小早川秀秋は血縁ではなく、吉川広家は家康になびいている?
元就と言えば思い出す!!
「当家の事、良かれと思う者、当国にも他国にも一人もいない」
「我が家は現在10カ国の領土がある、一度の危機で半分になる!
 さらなる危機で半分になっても2ヶ国残る!
 それでも生まれ故郷、吉田郷より大きい!!」

冷徹な現実主義者であり、天下を望むなと!!!
輝元は、家中の結束を優先した!!
織田信長と戦ったのも、家中の結束を保つためでもあった!
領内に門徒も多く、戦わなければ内部から崩壊する?
関ケ原も家中が西に傾いていたので総大将になった??
が西軍の結束の悪さが分かるにつれて、消極的になる!!
戦後の外交も恰好は良くない???

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中央政府と戦う無謀さを、上杉と共に身に染みている!
関ケ原の合戦時、家康に付いても、上杉、毛利ともその大きさにより存続できたかどうか?
輝元、景勝とも信長との悪戦苦闘、秀吉への臣従、家康への敗戦と屈辱の戦いである!
初代がいない二代目の「守成」の苦労が身に染みている!!
「領土を大幅に減らした二代目」と言う評価である!!
が著者は家を残したのは成功と見ている!
その非難に耐えることも、「守成」の苦労になる!!

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景勝は、誰より激しく家康に敵対した!
それでも幕末まで家を存続させたのは、景勝であると!!
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高杉晋作と奇兵隊・その実力組織
明治維新は革命か??
➀ 大衆暴動の場面が見られない?
② 明確で統一された「革命思想」がない?
③ 旧体制の支配階級の、殺害追放がない?
④ 偉大な指導者、戦闘的な組織がない?
規制体制は同士の争い???
どうも革命では無さそうである………

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組織には「ねらい」「仕組み」「中身」がある!
家康は「安定と秩序」を求める!!

「ねらい」 自家の政権の永続と社会の安定、天下の泰平
「仕組み」 「徳川藩幕体制」を築き上げる!!
そのためにはどうするのか??

➀ 「安定は正義、変化は邪悪」と言う、「安定の理論」を定着させる!
      その為には、取り潰し政策を実行して、大名を怯えさせる!
      猫にする!!!
② 軍備を縮小、限りなく非武装にする!
③ 「武士道」の形成!

鉄砲も鉄くずになっている??
伊勢志摩の九鬼水軍の、丹波・三田に移されている?
水軍の技術が無くなる!!
今は、「海の九鬼、陸の九鬼」で売っているが………
そう言う風に、停滞を求めた??

武士は安定するが、商人は成長を求める!
治安が良くなっているので、流通も良くなる!
千葉・行徳の塩田は、関東が包囲されても大丈夫なように造られたが、
赤穂の塩により、姿を消す!!
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現在の経済学では、60年間の長期波動を「コンドラチェフ波動」と呼んでいる!
好況不況の波である??
徳川時代に当てはめる!!
元禄、明和、文化・文政の時代!!
いずれも華やかな消費文化が栄えた!
逆に、享保、天明・寛政、天保の時代は、不況や飢餓で知られている!
八代将軍・吉宗の享保の改革
老中・松平定信の寛成の改革
老中・水野忠邦の天保の改革

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「大政治家が登場して重大な改革を行うとその中は不況になり、人々は苦しんだ!
これは商人を抑制するものようだった?
経済的平等を正義とする発想がある!!

改革者が善意で努力家であっても、その「改革」が懐古的で、
大不況を生み世の人々を苦しめた??
天皇親政もそうではないか???

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1830年頃には徳川幕府の維持は困難になっていた!
それでも30年命脈を保った?? 理由は??

➀ 政治的惰性?
② 幕藩体制の巧妙な対人技術?
③ 代わる組織がなかった?
④ 「安定と秩序」に代わる狙いがない?

その頃に毛利家では、「防長大一揆」が起こる!
毛利家も、120万石から37万石になり、経済的に苦しんでいる!!
場所的に、商品経済化が進んでいる!! 商品流通の中心地である??
藩が物産の専売強化を図る!!
それに対して一揆が起こる!!!
幕末の長州は、このような徐歌だったようだ??
関ケ原で負けて、徳川には恨みがある!!
そのエネルギーが残っている!!
島津は慎重であり、佐竹は動かず、上杉は消極的佐幕派である?
明治維新の核となる組織を代行している??
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この状況下で、高杉晋作は奇兵隊を造る!!!
奇兵隊は、非軍事国家に出来た軍隊だと言う!!
戦いの経験は積んでいる??
身分にかかわらず力量によって取り立てる組織を造る!!!
高杉晋作は時代が要求し、役目を終えて死んだ??
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歴史に学ぶ「勝者」の組織革命・堺屋太一
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